フリースラントとブロカート

フリースラントは、地名にもありますよね。
Friesland と書いて「フリースラント」と訓みます。
オランダ北部、北海に面したフリースラント州に位置して。
フリースラント州の人口はおよそ65万人とのことです。
フリースラントは牧畜の盛んなところでもあって。
「フリージア馬」の原産地なんだそうですね。
フリースラントの冬は運河が凍る。スケートには、もってこい。
フリースラント出身のスケート選手が多いのも当然のことでしょう。
オランダが風車の国でもあるのは、ご存じの通り。
オランダ全体ではざっと1、200基の風車があるんだとか。そのうちの約200基がフリースラントに点在しています。
風車見物を目的に、フリースラントを訪れる観光客も少なくないらしい。
オランダは、和蘭陀。鎖国時代の日本が例外的におつきあいした国でもあります。
「カピタン」をはじめ、オランダ語から生まれた日本語が多いのもそのためなのでしょうね。
長崎の出島に住んだオランダ人に、ドゥーフがいます。
Doeff と書いて「ドゥーフ」と訓むのですが。
ヘンドリック・ドゥーフは、1777年12月2日。オランダのアムステルダムに生まれています。
『ドゥーフ・ハルマ』を編んだお方でも。
『ドゥーフ・ハルマ』は、日本ではじめての「蘭日辞書」。この『ドゥーフ・ハルマ』のお世話になった蘭学者は少なくありません。
文化五年(1808年)、ドゥーフは長崎の遊女、瓜生野と結婚。
このドゥーフの結婚話は、『おらんだ恋歌』に詳しく出ています。
作家の神吉拓郎が、平成元年に発表した物語。

「出入りの日本商が持って来ない西洋野菜、キャベツとか、菊ちさとか、セルリのたぐいを、彼は使用人に命じて、この菜園で作らせている。」

神吉拓郎の『おらんだ恋歌』には、そんな一節が出ています。ここに「彼」とあるのが、ドゥーフであるのは、言うまでもありません。
フリースラントが出てくる小説に、『白馬の騎手』があります。
ドイツの作家、テオドール・シュトルムが1888年に発表した物語。

「万聖節の日、この日をめぐっては彼岸風という嵐がよく吹き起こるので、フリースラントでは嘆きの日と言っていいのだが、」

また、『白馬の騎手』には、こんな描写も出てきます。

「その目は、金襴の帽子から下がったレースの縁の影で、今や暗い炎のように燃えていた。」

これは「エルケ」という女性の様子として。
「金襴」は、ドイツ語で、「ブロカート」brokat 。
どなたかブロカートのチョッキを仕立てて頂けませんでしょうか。