イタリアとインヴァネス

イタリアは、美しい国ですよね。
「ナポリを見て死ね」という言葉もあるくらいですから。昭和七年にナポリを旅した作家に、林芙美子がいます。
林芙美子に、『ナポリの小景』があるのは、そのためなんですね。

「私は波止場近い料理屋で、フロマージュを雪のようにかけた、まかろにと烏賊のてんぷらを注文してみた。すると料理屋の主人は魚籠をわざわざ持ち出してきて、生きている烏賊を私の眼前に並べて見せてくれたりしたが、二皿で五六十銭あまりであったが、一生忘れられない旅の味である。」

林芙美子は、そのように書いています。
昭和三十三年に、ジェノヴァに旅した画家に、荻須高徳がいます。
荻須高徳の随筆『ゼノア』を読んでおりますと。

「市場には、生きのいい魚類、アンコー、ボラ、タコ、車えびの山、ハム、腸づめ、チーズ、マカロニの類い、レモン、オレンジ、バナナ、柿などの店、どこにも人がたかっている。」

荻須高徳はそんなふうに書いています。

「イタリアについて、僕ははじめて、外国へ来たように感じる、美に関する限りアメリカ、フランス、イギリスに、予想外なものはなかった。」

大岡昇平は随筆『イタリア紀行』に、そのように書いてあります。
大岡昇平は、昭和二十八年に、アメリカをはじめ、ヨオロッパ一周の旅に出ていますので。
大岡昇平はイタリアでワインもお飲みになったことでしょうね。

「僕の酒は御年十八歳のみぎり、小林秀雄から教ったものである。」

大岡昇平は昭和三十二年の『酒品』と題する随筆の中に、そのように書いています。
小林秀雄と大岡昇平とがふたりで酒を飲んだら、どうなるのか。
小林秀雄は大岡昇平に、カラムのであります。
文学的に、カラム。徹底的に、カラム。
まあ、これも文学修業のひとつなんでしょう。
ここから少し、話は飛ぶのですが。
大岡昇平は、スコットランドにも足を伸ばしているのですが。
大岡昇平の紀行文には、『スコットランドの鷗』があるのは、ご存じでしょう。

「スコットランド最大の商港とわれわれがまた和服を着て外出した頃よく着た羅紗の外套「インバネス」の発祥地への憧れは、いさぎよく放棄することにした。」

大岡昇平は、『スコットランドの鷗』に、そのように書いています。
これは旅程の都合で、インヴァネスに行くことができなかったので。
スコットランドのインヴァネスもまた寒い所で。昔から、厚い布地があって。それを「インヴァネス」。
そのインヴァネスで旅行用外套を作ったので、インヴァネス・ケエプ。
インヴァネスは、1860年頃から用いられていたらしい。
1865年『モーニング・スター』紙3月8日号には、「インヴァネス」の言葉が出ています。。
どなたか1860年代のインヴァネスを仕立てて頂けませんでしょうか。