サーとサージ

サーは、紳士に対しての敬称ですよね。
淑女の「マダム」に近いものでしょうか。
Sir と書いて「サー」と訓みます。
英語のサーは、ラテン語の「セネックス」senex と関係があるらしい。セネックスは「年長者」の意味だったという。
「サー」は、雑誌にも使われます。その昔、「サー」というファッション誌がありました。
大判の、写真をふんだんに使った雑誌。なぜかスパイラル綴になっていた記憶があるのですが。
毎号、グリュオーが表紙に絵描いていて、なんとも洒落た雑誌でありました。
サーの敬称で呼ばれた人物に、サー・ウォルター・ロウリーがいます。
サー・ウォルター・ロウリーは、1554年頃、英国に生まれています。
サー・ウォルター・ロウリーは詩人でもあり、また、探検家でもあった人物。
エリザベス女王に寵愛されたお方だったとも。
ある雨の日に。エリザベス女王が馬車から降りようとして。泥濘に戸惑った。その時、サー・ウォルター・ロウリーが深紅のマントを泥濘の上に拡げたという伝説は、有名でしょう。
サーが出てくる『日記』に、『サミュエル・ピープスの日記』があります。

「おもしろかったのは、わずか二三歳くらいの航海士の任命について、ウィリアム・ペンがそれは妥当ではないと批判したときである。」

1668年2月14日の『日記』に、そのように書いています。
当時、サミュエル・ピープスは海軍省のしかるべき地位にありましたから、「サー」がまわりにいっぱい居たでしょうから。
また、『サミュエル・ピープスの日記』を読んでおりますと。

「豚の足の塩漬けと、羊の腰肉をローストしたもので、非常に上等の食事。妻もわたしもデブも大いに満足する。」

1668年2月2日の『日記』に、そのように出ています。
これはその日の自宅での昼食として。ここに「デブ」とあるのは、使用人の愛称。
サミュエル・ピープスは豚足がお好きだったのでしょうか。
また、『日記』にはこんな文章も出てきます。

「新しい黒の綾織りの夏用のスーツを着て役所へ。」

1668年5月30日のところに。ここでの「役所」が、海軍省であるのは、言うまでもありません。
「黒の綾織り」。ここから私は勝手に「サージ」serge を想像してしまいました。
「サージ」は、1358年頃からの英語ですから、サミュエル・ピープスの時代にもあったでしょう。
どなたか黒のサージでスーツを仕立てて頂けませんでしょうか。