コクトオは、ジャン・コクトオのことですよね。
Cocteau と書いて「コクトオ」と訓みます。
ジャン・コクトオは1889年7月5日、フランスに生まれています。
コクトオはフランスの文人。でも、ひと口で説明するのが難しいお方。
詩人であり、作家であり、画家であり、映画監督でもありましたからね。
ジャン・コクトオの映画でよく識られているものに、『美女と野獣』があります。1946年のフランス映画。
脚本もまたコクトオの手になるものです。
『美女と野獣』には原作があって。1736年に、
ジャンヌ・マリー・ルプランス・ド・ボーモンが出版した『美女と野獣』がもとになっているのです。
原題もまた『ラ・ベル・エ・ラ・ベエト』。
ジャン・コクトオは1945年の夏。友人であり富豪の、
ルイーズ・ド・ヴィルモランの屋敷で、『美女と野獣』の脚本を書いています。
『美女と野獣』の撮影がはじまったのは、1945年8月27日、月曜日だったという。
主演はジャン・マレエと、ジョゼット・デイ。
撮影助手を勤めたのが、ルネ・クレマン。豪華なスタッフを集めたものですね。
スタッフたちは近くの「オテル・ボルドオ」に泊まって。食事は主にお兄さんのポオル・コクトオの家で摂ったとのこと。
『美女と野獣』は1946年2月8日から、巴里の「ジムナーズ座」で上映。
ジャン・コクトオとも交流のあった詩人に、ボリス・ヴィアンがいます。
ボリス・ヴィアンは1920年3月10日の生まれ。
コクトオよりも三十歳ほど年少だった計算になるのですが。
1947年頃、巴里左岸のクラブ「タブー」で、二人は出会ったのではないでしょうか。
ボリス・ヴィアンは、1941年7月5日。ミッシェルと結婚。
この結婚式でボリス・ヴィアンはダーク・スーツに白いシャツを着て。
白いシャツの襟は、ピンド・カラアになっています。
ピンド・カラアはフランス語で、「コル・エパングル」
col epinngle 。フランス語ですから最初の「e」にアクサンティギュが添えられるのですが。
どなたかコル・エパングルのシャツを仕立てて頂けませんでしょうか。
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