ヴェニスもまた、憧れの町ですよね。ただただ、美しい。その美しさは、頽廃美と言って良いでしょうか。頽廃美を誇れる町は、そんなには多くないでしょうね。
ヴェニスといえば、『ヴェニスに死す』が。もちろん、トオマス・マンの中篇小説。1912年に発表されています。
この1912年というところは、ひとつのポイントかも知れません。というのは、1911年5月18日に、グスタフ・マーラーが世を去っているからなんですね。ウイーンで。
作者、トオマス・マンとしては、なんとなくマーラーに遠慮あったのかも。もっともマーラーに小説通りのことがあったわけではない。でも、主人公の印象に、マーラーを借りているのは、間違いないでしょう。物語上の主人公は、作家という設定になっています。
1971年に映画化された時。監督のルキノ・ヴィスコンティがマーラーの曲を使ったのも、単なる偶然ではないはず。
『ヴェニスに死す』は、やがてくる「老い」そして「死」がテーマだったように思います。そうなると、やはりヴェニスはぴったりの背景となるのでしょう。そして町の色がなんとも美しい。
「ヴェニスの町は ( 中略 ) はことごとく言うに言われぬ美しくくすんだいい色彩を示しています。」
寺田寅彦は、『先生への通信』と題して、そのように書いています。「先生」が、夏目漱石であることは言うまでもなくでしょう。これは明治四十三年「朝日新聞」に掲載されたものです。寺田寅彦は明治四十二年から洋行。これはその時の旅の記録でもあるのです。
寺田寅彦は『旅日記から』の中には、次のように書いています。
「チョッキだけ白いのに換へる。」
これは香港からシンガポールに向かう船上でのこと。そしてやがては、白麻の三つ揃えに代わるのですが。
それにしても、気温に合わせてヴェストだけ換えるのが、面白いですね。
お気に入りのヴェストで、ヴェストを旅したいものですね。