清張で、作家でといえば、松本清張ですよね。この場合はぜひとも「せいちょう」と訓んでください。「きよはる」なら本名になってしまいますので。
きよはるが作家になって、「せいちょう」となったものなんですね。
松本清張の推理作家としてのはじまりは、『点と線』。1958年のこと。最初、『旅』という旅行雑誌に発表されたものです。当時の編集長は、戸塚綾子。慧眼というべきでしょう。その時代の松本清張はまだ有名でもなく、推理小説は書いていなかったのですから。
『点と線』は内容もさることながら、題名が秀逸。小説の題はこうあるべきだというお手本のようなものではありませんか。
『目の壁』1958年
『ゼロの焦点』1959年
『黒い樹海』1960年
『波の塔』 1960年
『霧の旗』1961年
これは、ほんの一例なのですが。短くて、鋭くて、詩的でさえあります。これらの優れた題名は、どのようにして生まれたのか。
松本清張自身、随筆に書いていることなのですが。たいていは小説本体より先に、題が。というのも、編集者は題名を先に知りたがる。での、清張のほうでは中身の構想はなっていない。で、なるべく曖昧で、意味深長なタイトルを前もって与える。そこから後で、ストオリイを創ったという。まあ、それもまた、名人の藝ですよね。
推理小説は、エドガー・アラン・ポオからはじまったと、考えられています。たとえば、『モルグ街の殺人事件』。これは、1841年『グレアムズ・マガジン』4月号に発表されています。
いわばその連作として、『マリ・ロジェエの迷宮事件』と、『盗まれた手紙』とがあるわけですから。この三つの事件を解くのが、素人探偵の、オオギュスト・デュパンなのです。このデュパンをもじったのが、「ルパン」であるのは申すまでもないでしょう。
『マリ・ロジェエの迷宮事件』は、1842年から1843年にかけて『スノーデンズ・レディズ・コンパニオン』に連載されたものです。この中に。
「この紐の結び目は、いわゆる女結びではなく、引き結び、または水兵結びと呼ばれるものだった。」
これはある婦人帽のリボンの結び目の説明なんですね。
「引き結び」には、「スワップ」の、「水兵結び」には、「セイラーズ・ノット」のルビがそれぞれ振られています。
セイラーズ・ノットは、今の男にとっても身近い結び方。私たちのいうところのプレーン・ノットのこと。あるいは「一重結び」。ネクタイによく使われています。もとは船員の結び方だったのでしょう。
セイラーズ・ノットは簡単ですが、解けにくい。
なんだか清張のタイトルみたいなんですね。