ビールとピス・ヘルメット

ビールは、麦酒ですよね。
英語なら、「ビア」beer でしょうか。
大麦が原料となる飲物なので、麦酒。
英語には、「ビア・マネー」の言い方があるんだとか。これは「御駄賃」の意味。日本の「酒手」とよく似た表現ですね。
では、なぜ、そのビアを、ビールと呼ぶのか。
たぶん、オランダ語の「ビイル」bⅰer の影響なのでしょう。

「仮に一盃ノ麦酒ト一片ノ蒸餅、トヲ恵與セヨ。」

明治十一年に、丹羽純一郎が翻訳した『花柳春話』に、そのような一節が出てきます。
丹羽純一郎は、「麦酒」と書いて、「バクシユ」のルビをふっているのですが。
『花柳春話』の原作は、ロードハントンの『アーネスト・アルトラヴァーズ』だったと考えられています。
それはともかく、「麦酒」の比較的はやい例ではないでしょうか。

「晩飯には近所の西洋料理店へ生き、髭の先に麦酒の泡を着けて、萬丈の氣焰を吐いてゐたのだから、」

明治四十年に、二葉亭四迷が発表した短篇『平凡』に、そのような一節が出てきます。
二葉亭四迷は「麦酒」と書いて、「ビヤー」のルビを添えています。
明治四十年頃の二葉亭四迷は、「ビヤー」と呼んでいたのかも知れませんね。

「これを冷やさないで飲むのだから、日本のビイルと違つて最初は何だかすつきりしない、しかし、飲み慣れてくると悪くないから、倫敦ではよくこのビタアを飲んだ。」

小沼 丹は『倫敦のパブ』と題する随筆の中に、そのように書いています。
おそらく1960年代の話でしょう。
「ビタア」bⅰtter は、色の濃いビール。度数もやや高いビール。
ロンドンのパブではそれを室温で、飲む。私たちが赤ワインを飲む時のように。
また、赤ワインと同じように、ゆっくり味わいながら、飲む。
小沼 丹は、当時のパブでのビタアの値段についても。半パイントで、八ペンスだったと書いているのですが。
ビタアを飲んでから、「お勘定」という。すると、パブの店員は答える。
「アイト、サア」
小沼 丹は最初、この「アイト、サア」がよく分からなくて。結局それは八ペンスのことだったのですが。
英語のエイトは、コックニー訛りでは「アイト」になるんだそうですね。
ビールが出てくる小説に、『月射病』があります。1933年に、フランスの作家、ジョルジュ・シムノンが発表した長篇。

「亭主のほうはホールの担当で、ビールやボトル類を運び、テーブルの上を片づけ、時には邪魔だといわんばかりにティマールを隅っこの席に追いやった。」

これはアフリカ、ガノンでの宿の様子として。ここでの「ティマールは、物語の主人公。シムノンの分身とも言えるでしょう。
シムノンは、1930年代のはじめ、アフリカに旅しています。
また、『月射病』には、こんな描写も出てきます。

「彼はピスヘルメットの下で過熱するのを感じた。」

ある恥ずかしい思いをしたので。
「ピス・ヘルメットpⅰth helmet」は、「ソーラー・トーピー」sola topⅰ とも。もちろん熱帯にふさわしい防暑帽のこと。
英語では、1880年頃から、「ピス・ヘルメット」の言葉が用いられているとのことです。
どなたか十九世紀のピス・ヘルメットを再現して頂けませんでしょうか。