地名は、それぞれの土地の名前ですよね。
そこに土地があるなら名前がついています。それはちょうど人に名前があるように。
地名があるということは、地名から生まれた一般名詞もあります。
たとえば、「マドラス」madras 。大胆な柄にマドラスがあるのは、ご存じの通り。
あのマドラスは、インドの港町、「マドラス」Madras から生まれたもの。
その昔、インドのマドラス港から、多くの綿布が世界に向けて輸出されたので。
これは「パナマ・ハット」にも似ているでしょう。
あるいはまた、「ジョドパーズ」jodhpurs 。足首のあたりで細くなったパンツのことですよね。
「ジョドパーズ」は1899年頃からの英語。インド北西部の町、「ジョドプル」に因んでいます。
当時、インド、ジョドプルに駐在中のイギリス軍将校が乗馬用に穿いたトラウザーズだったので。
このように眺めていれば、「おしゃれ地名語」が編めてしまいそうです。
地名でよく知られているものに、「麻布」があります。東京、港区に位置しています。
昔むかし、ここは麻畑だった。もちろんその麻から糸を得て、麻布を織った。そこから「麻布」の地名が生まれたという。
「麻布の更級という名代のそば屋は、ちょうど森元の通りを突き当ったところにあった。左団次は先代以来、十二月の三十一日に一門を引き連れて、ここへそばを食いに来るのが家例になっていた。」
小山内薫は、昭和十年に書いた随筆『芝、麻布』の中に、そのように書いてあります。
大正末期の話なのでしょうか。
地名を研究したお方に、柳田國男がいます。柳田國男が大正元年に発表した論文に、『地名の話』があります。
日本には「多々羅」の地名が少なくない、と論じています。
「多々羅は踏鞴(たたら)のことではないか。つまり古代に製鉄所のあつた場所ではないか。」
柳田國男はそのように推理しているのですね。
柳田國男は少なくとも、二十の「多々羅」が日本にあることを突き止めています。
柳田國男の研究のひとつに、『木綿以前の事』があるのは、いうまでもありません。
日本人は木綿が普及する前、何を着ていたのか。まことに興味深い研究でしょう。
「然らば多くの日本人は何を着ていたかといへば勿論主たる材料は麻であつた。」
柳田國男はそのように書きはじめているのですね。
麻。麻の種類もまことに多くて。
今の時代には、「亜麻」(リネン)が主。でも、中世の日本では、多く「苧麻」(ちょま)。つまり英語でいうところの「ラミー」ramie 。
ラミーはまた、「からむし」とも呼ばれた繊維なのです。
どなたか苧麻のスーツを仕立てて頂けませんでしょうか。