ろうそくとローン

ろうそくは、キャンドルのことですよね。
ろうそくを点しての夕食また、愉しいものであります。
少なくとも蛍光灯ばかりが照明ではないことが、よく解る時でもあるでしょう。
ろうそくの歴史は仏教と関係があるんだそうですね。
仏教伝来とともに日本に伝えられたので。
仏教の儀式に欠かせない灯りが、ろうそくだったので。ただし、その時代のろうそくは、たいへん高価だったという。
それが江戸時代になって、民衆の間でもろうそくが使われるようになったんだとか。

「こよひも又、長蝋燭の立ち切るまで、悋気講あれかし、」

井原西鶴の『好色一代女』に、そのような一節が出てきます。
ここでの「悋気講」は、女房たちが集まってお互いに亭主の悪口を言い合う会のこと。
「長蝋燭の立ち切るまで」というのですから、ひと晩中なんでしょうか。
それはともかく、西鶴の時代にはろうそくが一般的になっていたのでしょう。
ろうそくの芯のことを、「キャンドルウイック」というらしい。やや太い、しっかりとした綿糸。この糸にろうを吸わせて、火を点すわけですね。
むかしのアメリカでは、このキャンドルウイックの糸を使って刺繍することがあった。ことにベッド・カヴァーの縁取りに。
今でも、「キャンドルウイック」というと、太糸での刺繍の意味になるんだそうです。

「中には洋風の食卓や古風な籐椅子のセット、キャンドルつきのピアノなどが雑然と置かれていて、」

円地文子が、昭和三十二年に発表した小説『秋のめざめ』に、そのような描写が出てきます。
これは高輪にある甲南家の様子として。
むかし、ピアノを弾くには、ろうそくが必要だったでしょうからね。
ろうそくが出てくる小説に、『バーチェスターの塔』があります。
英国の作家、アントニー・トロロープが、1857年に発表した長篇。

「鏡と本とろうそくの儀式は歓迎だ! 」

ここでの「本」は、聖書のこと。「鏡と本とろうそく」は、キリスト教でのある儀式を指しているのですが。
また、『バーチェスターの塔』には、こんな一節も出てきます。

「王国の貴族に混じって、ゆるやかなローンの袖に身を包み、議席に座ることを願った。」

当時の英国議会では、主教のローブの袖はローンであることが許されたという。
「ローン」lawn は、ごく薄地の上質綿のこと。
英語としては、1415年頃から用いられているとのこと。
もともと、フランスの「ラン」laon で織られたので、その名前があります。
ランは、フランス北部の古都。パリから北に、120キロほどの位置。
ランには、1210年頃に完成したノートルダム大聖堂があって、中世の趣を今に伝える町でもあります。
そもそものローンは麻織物だったという。
どなたか麻のローンを織って頂けませんでしょうか。