ブリヌイとプラストロン

ブリヌイは、ロシアのパンケーキのことですよね。
レストランに行ってキャヴィアを食べる時、小さな円盤型のパンケーキが出てきます。あれがブリヌイなんです。時に「ブリニー」と呼ぶこともあるようですが。
ただしロシアでのブリヌイは、大きい。というよりも私たちがふつうにパンケーキだと思っているくらいの大きさはあるでしょう。
ロシア料理にも様ざまあるのは、言うまでもありません。が、その料理の側にあるのが、ブリヌイ。
その意味では日本のご飯にも似ているでしょう。
料理を食べて、ブリヌイを食べる。これはごくふつうのことなのですね。
ロシア人に言わせますと。「ブリヌイは太陽の形」なんだそうです。
つまり神聖な食べものなんだとか。
大正十二年にロシアに旅した人物に、荒畑寒村がいます。荒畑寒村に、『チタの滞在』などの紀行文があるのは、そのためなんでしょう。
この『チタの滞在』を読んでおりますと。

「それに一皿のボルシと、数片のパンとは以て、一度分の食事に充分である。ボルシ ー この有名なるロシアの国民的食料! 」

そんなふうに出ています。
荒畑寒村は「ボルシ」と書いているのですが、これは私たちのいう「ボルシチ」のことかと思われます。
またここに「パン」とあるのですが、もしかすれば「ブリヌイ」ではなかったでしょうか。
それくらいにロシアでのブリヌイは、食事に付き物ですから。

「真っ先に眼に入ったのは、隣のテーブルに座って、今しもブリンを食べようとしている、でっぷり肥った、上品な、どこかの紳士だった。」

1886年に、ロシアの作家、チエホフが発表した短篇『おろかなフランス人』に、そのような一節が出てきます。ここでの「ブリン」はたぶんブリヌイのことなんでしょうね。
チエホフが短篇の名手だったのは、言うまでもありません。
チエホフは1886年に、『春』を書いています。この中に。

「以前、上流階級ではワイシャツに厚い胸衣をつけたものである。」

そんな文章が出てきます。
日本語訳では、「純白のスルメ」と解説されているのですが。
たしかに昔の日本では、「イカ胸」などと呼ばれたものですね。
イカ胸。これは英語でもフランス語でも、「プラストロン」plastron 。
この胸の堅く仕上げた部分は「下着ではありません」の意味だったのです。
どなたかプラストロンの美しいシャツを仕立てて頂けませんでしょうか。