ムーアとムショワール

ムーアは、人の名前にもありますよね。
ふつうMoore と書いて「ムーア」と訓むことが多いようですが。
たとえば、ロジャー・ムーアだとか。
ロジャー・は英国の映画俳優。映画『007』で、ジェイムズ・ボンドを演じた俳優といえば分かりやすいでしょう。
ロジャー・ムーアがいいのか、ショーン・コネリーがいいのか。これはもう、好みの問題なのでしょう。
作者、イアン・フレミングが『カジノ・ロワイアル』を発表したのは、1953年のこと。今からざっと七十年以上前になるんですね。
この第二作目が、『死ぬのは奴らだ』。日本語訳を担当したのが、井上一夫。
当時『EQMN』誌の編集長だった都筑道夫が『死ぬのは奴らだ』を読んで、「これはいける」。
でも、その時代の日本ではまだ馴染みがなくて。三人の翻訳家に断られて、最後に井上一夫にお鉢が回ってきて。
ところが、これがベストセラーに。世の中わからないものですね。
イアン・フレミングの『007』が人気になったのは、アメリカから、との説があります。
まだ、映画化される前。あるインタヴュウで、ケネディ大統領が『ロシアから愛をこめて』を愛読書のひとつに挙げた。ここから一般に広く読まれるようになったという。
少なくとも当時のダレス長官が、『ロシアより愛をこめて』の愛読者だったのは、間違いないらしい。
イアン・フレミングとアメリカとの関係はもうひとつありまして。
レイモンド・チャンドラー。フレミングの敬愛する作家が、チャンドラーだったので。
チャンドラーがイギリスに旅する時は、たいていフレミングと夕食を共にしたという。
チャンドラーはチャンドラーで。「君が書くものは、サディズムが強よすぎる。」なんて言っていたらしいのですが。

「シャツはシャルヴェ製、ネクタイはトリプラーやディオール、ハーディー・エミイーズ、靴はピール製、生絹のパジャマは香港で買ったものだった。」

イアン・フレミングが1961年に発表した『サンダーボール作戦』にそんな一節が出てきます。
これはボンドが「リッピ伯爵」の服装を調べている場面として。
これはほんの一例で、服装描写が細かいのも、フレミングの特徴になっています。

ムーアが出てくる小説に、『パリはわが町』があります。
フランスの作家、ロジェ・グルニエが、2015年に発表した物語。

「パメラ・ムーアは、アメリカとのフランソワーズ・サガンと呼ばれていた。一八歳で書いた小説「チョコレートで朝食を」が彼女を有名にしたのだ。」

『パリはわが町』には、そんな一節が出てきます。
あるいはまた、こんな描写も。

「ものすごく汗をかいて、これを白いハンカチでぬぐっていた。ハンカチを一山抱えて登場して、リサイクルごとに二ダース使うのだという。」

これはルイ・アームストロングの演奏を聴きに行ってのこと。たぶん1960年代の様子なのでしょう。
ハンカチ。フランスなら「ムショワール」mouchoir でしょうか。
どなたか白麻のムショワールを作って頂けませんでしょうか。