ブランデブルクとフラクセン

ブランデブルクは、ドイツの地名ですよね。
Brandenburg と書いて「ブランデブルク」と訓みます。
たとえば、ブランデブルク州。これはもっともドイツで大きい州なんだそうですね。
このブランデブルク州の州都が、ブランデブルク・アン・ハーフェル。これは二つの町が合併した結果として。
それはそうなんですが。ベルリン市内に、「ブランデブルク門」があるのは、ご存じの通り。
ブランデブルク門は、ベルリンの象徴ともなっています。
ブランデブルク門からはじまっている通りが、ウンター・デル・リンデン。ベルリンの高級商店街でもあります。
ごく簡単に申しますと。ベルリンは、ブランデブルク州のほぼ中央に位置しているのですね。
昔むかしのベルリンには、たくさんの門があったという。関税や通行税を徴収するために。
それが時代とともに消えて。唯一、遺されたのが、ブランデブルク門なんだそうです。
明治十七年十月十二日に、ベルリンに着いた日本人に、森 鷗外がいます。もちろん医学を学ぶための留学として。

「衣は軍服にて伯林に着きしに、陸軍卿見て、目立ち悪しければ、早く常の服誂へよと教へられぬ。」

森 鷗外の『独逸日記』に、そのように書いてあります。十月二十三日のところに。
おそらく森 鷗外はベルリンに着いてすぐに、洋服を仕立ててもらったことでしょう。
また、森 鷗外の『独逸日記』を読んでおりますと。

「けふは祭日にて、こゝの人々互いおくりものす。」

これは十二月二十五日の『日記』に。
明治十七年頃の日本では、クリスマスの習慣はまだ定着していなかったに違いありません。今からざっと百五十年前の話ですからね。
ブランデブルクが出てくる小説に、『はてしなき荒野』があります。
1995年に、ドイツの作家、ギュンター・グラスが発表した物語。

「長ったらしいバラード、小説のからわれ、ブランデブルクの郷土作品、」

そんな文章が出てきます。
また、『はてしなき荒野』には、こんな描写も。

「麦藁帽に洗いざらしの、軽い麻のスーツを身にまとっていたが、」

これは「フォンティ」という男の着こなしについて。
「麻」は英語でいうところの「リネン」。ドイツ語では、「フラクセン」flacksen 。
麻は、亜麻。風通しよく、爽やかな着心地。国を超えて愛用されるものです。
しかも着ているうちに、ごく自然の皺が生まれます。それはウールにもシルクにもない、麻だけの特徴。
麻は皺を美しく着るための素材なのです。
どなたか純白のフラクセンのスーツを仕立てて頂けませんでしょうか。