彼岸というのが暦の上にありますよね。
「暑さ寒さも彼岸まで」などと、よく言うではありませんか。彼岸はつまり「あの世」のことで、悟りの境地を指したところからはじまっているんだそうですが。
彼岸は、一年に二回あります。春の彼岸と、秋の彼岸。春の彼岸は三月十八日から、三月二十四日まで。これをそれぞれ「彼岸の入り」、「彼岸明け」と言います。
「彼岸」はまた季語でもあって。多くの俳人が「彼岸」の句を詠んでいます。でも、彼岸を詠んだ句でもっとも好きなのは、正岡子規のそれです。
毎年よ 彼岸の入に 寒いのは
歳時記で「彼岸」を調べると、たいてい子規のこの句が入っています。少なくともそれくらいには有名な句であります。
ある日の朝。子規が目を覚ますと、寒く感じられる。で、思わず「けさは寒いねえ………」。
と、それを聞いたお母さんが、ひと言。
「毎年よ彼岸の入に寒いのは」
お母さんはなんの気なしに言ったのでしょう。が、それはすでにして「句」になっていたわけですね。
俳句での子規は、夏目漱石の先生でもありました。夏目漱石に『彼岸過迄』の名作があるのは、言うまでもないでしょう。明治の末から大正のはじめにかけて、「東京朝日新聞」に連載されて、人気を得た読物。
漱石は、よほどの覚悟を持って『彼岸過迄』に臨んだようです。連載がはじまる前に。『彼岸過迄に就いて』と、その決心をわざわざ書いているほどに。
夏目漱石に、『倫敦塔』の短篇があるのも、よく知られているところでしょう。この中に。
「振り向いて見るとビーフ、イーターである。」
もちろんロンドン塔名物の、「ビーフイーター」に他なりません。あの名物、ビーフイーターは、ヘンリー七世の時代にはじまっているというから、古い。Beefeates 。
このビーフイーター、実はフランス語源なのです。古いフランス語の「ブフェティエ」
buffetie から来ているとか。その意味は「王室配膳係」であったという。
ところでビーフイーターの制服お見て頂きたい。要するに十六世紀のブレイザーでもあるのでしょうが。なんと、脇開きになっています。肩と、脇を、メタル・ボタンで留める式になっています。
ぜひ、どなたか、現代版のビーフイーター・スーツを仕立ててもらいたいものです。