乱歩はもちろん、江戸川乱歩ですよね。江戸川乱歩の名前が、かのエドガー・アラン・ポオに由来しているのは、有名な話でしょう。本名は、平井太郎。
大正十二年の、『二銭銅貨』を手はじめに、数多くの名作を発表しています。もっとも江戸川乱歩の時代には、「亂歩」と書いてものですが。
江戸川乱歩が優れた探偵小説家であったのは、言うまでもありません。と同時に、優れた探偵小説紹介者でもあったのです。たとえば。
「戰前のベストテン級の作品では、メースン「矢の家」とミルンの「赤い家の怪事件」が、兄弟のように印象されています。」
江戸川乱歩は、昭和二十八年九月に、そのように書いています。江戸川乱歩の推奨によって世に出た探偵小説は、たぶん星の数ほどもありでしょう。その江戸川乱歩が激賞したものに、『途上』があります。『途上』は、谷崎潤一郎が書いた探偵小説。大正九年『改造』一月号に発表されています。この中に。
「紳士は獺虎の襟の附いた、西班牙犬の毛のように房々した黒い玉羅紗の外套を纏って…………………。」
これは、私立探偵の姿。明治大正の頃には、よく獺虎の毛皮が使われたものです。ひとつの例を挙げるなら、インバネスの襟。インバネスの襟には、多く獺虎の毛皮が添えられていたもの。かの板垣退助は、獺虎のチョッキを愛用してという。
コートの袖口にファーをあしらうなんて、いまの時代も良いのではないでしょうか。
ファーを添えたコートで、乱歩の初版本を探しに行くとしましょうか。