スイスは、お伽の国のように、美しい国ですよね。
大正十一年にスイスに旅したお方に、柳田國男がいます。
柳田國男に『瑞西日記』があるのは、そのためなんですね。
「大正十二年の春、二度まで自分は伊太利を旅行したことがある。」
柳田國男は『瑞西日記』を、そのように書きはじめています。その前、柳田國男はスイスに赴いているのですが。
「帰りに洋服屋シュワルツに寄り、それからボーリバージ・ホテルに奥山君と夫人を訪ねる。」
八月三十日、木曜日の『日記』にそのように書いてあります。
ここでの「帰りに」とは、新渡戸稲造を訪問しての帰りの、意味なのですが。
柳田國男はジュネーブのテイラー「シュワルツ」で、洋服を誂えているのでしょう。
昭和十四年に、野上弥生子は、スイスに旅しています。
野上弥生子の随筆『スウィス断章』を読んでおりますと。
「今年もおいしかつたが、スープと肉に、菓子コーヒーで十フラン(日本円で八円)だから、電車賃とともにこれも世界一高いお昼御飯かも知れない。」
そのような文章が出てきます。
野上弥生子はこのレストランでのバターの出し方にも驚いて。
大きなバターが塊で出されて。その表面に美しい模様が描かれていたので。
昭和十四年に、スイスに足を伸ばした建築家に、谷口吉郎がいます。
谷口吉郎は『せせらぎ日記』の中に、その折の旅について。
「食卓にはパンと濃いコーヒーとが運ばれた。それに濃い牛乳が、大きなコップにたっぷり注がれた。蜂蜜とマーマレードもある。そんな山の幸に恵まれた朝食の品々がテーブルに並べられた時、私はそれを油絵の静物ように美しく眺めた。」
そのように書いています。
スイスが出てくる小説に、『スイス人サシュエル・ブレの人生』があります。
1913年に、スイスの作家、シャルル=フェルディナン・ラミュが発表した物語。
「男たちはスティラップパンツ、女たちはクリノリン。
クリノリンほど笑ってしまうものはない。」
そんな一節が出てきます。
クリノリンが、アンダースカートで大きくふくらませたスカートであるのは、言うまでもないでしょう。
また、「スティラップパンツ」は、裾口を靴の下で留めたトラウザーズのこと。
stirrup pants と書いて「スティラップ・パンツ」と訓みます。
どなたか現代版のスティラップ・パンツを仕立てて頂けませんでしょうか。