マテ茶とベレー帽

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マテ茶は美味しいものですよね。
マテ茶もまたいろんな飲み方があって。もちろん、ストレートで。ミルクを加えて。蜂蜜をくわえて。
マテ茶は、イェルバ・マテという植物の葉を原料にしたお茶なんだとか。南米、アルゼンチン、パラグアイなどでは、ごくふつうに飲まれているお茶。
マテ茶には、ビタミンやミネラルがたくさん含まれていて。「飲むサラダ」の言い方もあるんだそうです。
マテ茶を飲む場面が出てくる日記に、『モーターサイクル・ダイアリーズ』があります。

「砂糖入りのマテ茶を飲みつつ (中略 ) 僕らはポデローサ二号の整備作業に専念していた。」

これは、エルネスト・チェ・ゲバラの日記、はじめのあたり。時は、1951年12月。ところは、アルゼンチンのコルドヴァ。
「僕ら」とあるのが、ゲバラの友人、アルベルト・グラナードのこと。「ポデローサ二号」とは、1939年の、英国製バイク、ノートン500を指しています。ゲバラとアルベルトは、このノートン500に乗って、南米一周の旅に。その記録を綴ったのが、『モーターサイクル・ダイアリーズ』なんですね。
『モーターサイクル・ダイアリーズ』は、後に映画化もされています。大胆! 痛快! 過酷!その連続の日記なのです。
ふたりの若者が「ポデローサ二号」で、ブエノスアイレスを出発したのが、1952年1月4日のこと。
アルゼンチンから、チリ。チリから、ペルー。ペルーから、コロンビア。コロンビアから、ベネズエラ……。約七カ月にわたっての紀行記。
1952年3月31日には、クスコ着。クスコからマチュ・ピチュに向けて発つのが、4月3日。4月5日には、マチュ・ピチュに着いています。
その後、ゲバラがカストロと出会うのが、1956年。カストロはカストロ帽を被り、ゲバラは黒いベレー帽を被っていた。
さて、ベレー帽を被って。マテ茶を飲みに行くとしましょうか。

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