ピエロは愛らしいものですよね。
ピエロを詠んだ詩人に、堀口大學がいます。詩集『月光とピエロ』の中に。
月に光に照らされて
ピエロ、ピエレット
踊りけり
ピエロ、ピエレット
『月光とピエロ』は、大正八年の発表。『月光とピエロ』は、凝った、美しいことこの上なしの装幀で。天金、アンカット装。装幀を手がけたのが、長谷川潔。序文に筆を執ったのが、永井荷風。なんとも贅を尽くした本になっています。
「君は久しき西欧諸国の旅より帰り来たまひてかの国々の新しき調を昨日の花につたへ………」。
もちろん荷風の、名文。これが「序」の一節なんですね。
堀口大學の『月光とピエロ』に、どうして荷風が序文を寄せたのか。慶應義塾での堀口大學の先生だったから。
堀口大學が慶應に入るのが、明治四十三年。この時の同級生が、佐藤春夫。生徒は、三人。これに対して先生が。永井荷風、馬場孤蝶、戸川秋骨など。なんとも贅沢な話ですよね。
堀口大學のお父さんは、九萬一。外交官。堀口九萬一は、明治四十四年に、メキシコに赴任。この時、十九歳だった大學も一緒に行くことに。そのために、「三越」で西洋服一式を誂える。その時のシャツは、どんな風だったのか。
「六枚全部が烏賊胸のコチコチしたものだった。カフスも襟まわりも糊で固めてあり、おまけにカラーが二インチ半もある、ハイカラ時代の板のように硬いダブル・カラーという奴。これをぼんのくぼとのどぼとけの二カ所でワイシャツに金具を用いて密着させたものだ。」
堀口大學著『僕の洋行支度』に、そんな風に書いています。
時には、ハイ・カラーのシャツも良いものですよね。