ヴィヴィアンで、女優でといえば、ヴィヴィアン・リーでしょうか。
ヴィヴィアン・リーの出世作はやはり、『風と共に去りぬ』でしょうね。そうかと思えば、『欲望という名の電車』のブランチ役があったり。
ヴィヴィアン・リーの大きな功績は。美貌と名演は共存する。このことを、世に識らしめた点でしょう。
ヴィヴィアン・リーは『風と共に去りぬ』のすぐ後に出たのが、『哀愁』。『哀愁』では哀しい女、アイラ・レスターを演じて。アイラの役は、スカーレット・オハラとも、ブランチ・デュボアともまったく異なる役柄。やはり、ヴィヴィアン・リーは名女優というべきでしょう。
『哀愁』に出演する前のヴィヴィアン・リーは、何をしていたのか。ニット・キャップを編んでいた。
「いま、バラクラヴァ戦闘帽を編んでいます。」
1940年1月17日付の、ヴィヴィアンの手紙の一節。宛名は、リー・ホルマンになっています。リー・ホルマンは当時のご主人。1940年は英国も戦争中でしたから。
『哀愁』の原題は、『ウォータルー・ブリッジ』。「ウォータルー・ブリッジ」を「数寄屋橋」に置き換えたのが、『君の名は』だったんですね。
1940年に、フィッツジェラルドが書いた短篇が、『父と呼ばれたパット・ホビー』。この中に。
「上品な乗馬ズボンにコートを羽織っていた。」
ある日、ハリウッドの撮影所を訪ねて来た若者の着こなし。これが英国仕立ての服装という設定。インドの富豪なんですね。
乗馬ズボンはやはり英国製に限るんでしょう。