シュークリームは、美味しいものですよね。また、シュークリームを食べるのは、いとも簡単であります。右手にシュークリームを持って、口を開き、その中に入れるだけのこと。
でも、「シュークリーム」と書くのは、難しい。「シュウ・ア・ラ・クレエム」と書きたい誘惑におそわれるので。しかし私ごときの、日本語さえおぼつかない輩が、「シュウ・ア・ラ・クレエム」とは片腹痛い。よって「シュークリーム」にしておくのです。
けれども日本人の中でたったひとり、「シュウ・ア・クレエム」がキザに感じられないお方が。森 茉莉であります。もっとも森 茉莉は、「シュウ・ア・ラ・クレェム」とお書きになるようですが。
「もとは仏蘭西のものだという、シュウ・ア・ラ・クレェムは、私の唇に入ったことがない。」
森 茉莉著『貧乏サヴァラン』の、「シュウ・ア・ラ・クレェム」の章を、そんな風に書きはじめています。
森 茉莉は明治の頃、「凮月堂」の「シュウクリイム」を食べて、その記憶を語っています。同じく「シュウ・ア・ラ・クレェム」の中に。エルレアの話も出てきます。明治期にエルレアはなく、大正時代に入ってからエルレアが登場するようになったと、あります。私は、この森 茉莉の「エルレアは大正になってから」の記憶を信じたい気持ちになっているのですが。
森 茉莉は随筆だけでなく、小説も書いています。たとえば、『枯葉の寝床』。この中。
「消炭色のジインパンツの足が……………」。
これは、「レオ」と呼ばれる美少年の様子。たぶん、ジーンズのことなのでしょう。
もしそれがブルー・ジーンズであれば。新品を買いたいものです。新しいジーンズをひっそりと家の中で、穿く。三年ほど。穿いて洗って、穿いて洗って、三年。と、やがてはそのジーンズで、シュークリームを買いに行けるようになるはずです。