谷崎で、小説家でといえば、谷崎潤一郎でしょうね。谷崎潤一郎は日本の文豪と呼ぶにふさわしいお方でもあります。作柄の幅も広く、多くの名作をも遺しています。映画化された小説も少なくなく、多くの日本人になじみ深い作家でもあるでしょう。
谷崎潤一郎は晩年に至るまで執筆意欲の衰えることのなかった人物でもあります。たとえば、1961年に『瘋癲狂老人日記』を発表しています。谷崎、七十五歳の時。これまた映画化された作品。主人公は、七十七歳の老人という設定になっています。
これを読むまでもなく、ふだんの、素顔の谷崎潤一郎は、どんな暮らしぶりであったのか、興味をそそられるではありませんか。
「早川書房で出してゐるロアルド・ダールのキス・キスと云ふ小説を読みましたか、僕近頃あんな面白い短篇集を読んだことがありません。」
谷崎の、お嬢さんの、渡辺千萬子に宛てた手紙の一節。昭和三十六年一月二十五日付の、書簡。
谷崎潤一郎は、当時、ロアルド・ダールの『キス・キス』にも、ちゃんと目を通しているんですね。これも若さの秘訣であったかと。
谷崎潤一郎が『瘋癲狂老人日記』を出した時、三島由紀夫は書評を書いています。
「否その中で最高峯を占めるかもしれない完璧な芸術的達成である。」
谷崎潤一郎のこれまでの名作を挙げた後、『瘋癲狂老人日記』をこのようにに褒めちぎっています。
三島由紀夫が晩年に書いた傑作が、『春の雪』。『春の雪』の中に。
「二人の膝を清顕の持つてきた濃緑の格子縞の、スコットランド製の膝掛が覆うてゐた。」
「スコットランド製の膝掛」、これはたぶんタータンでしょうね。明治の日本に、すでにタータンの膝掛けが入っていたことが、窺えるでしょう。
さて、タータンの膝掛けにくるまって、谷崎の『刺青』を読むといたしましょうか。