ビスケットとビュルヌー

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ビスケットは、美味しいものですよね。ことに紅茶の友という印象があります。濃い、深い、ミルクティーの右横に、ビスケットの缶があれば、すぐに空になる危険さえありますが。

「焼きあがったとりどりのビスケットを有合わせの箱につめ、リボンをかける、そんなものは当時まだ町ではごくめずらしかった。」

矢川澄子は、『幻のビスケット』と題する随筆に、そのように書いています。「当時」とは、戦後まもなくの頃。自宅で、ビスケットを焼いた記憶を語っています。
ところで、ビスケットはいつの頃から、食べられるようになっていたのか。

「再度立つてお菓子戸棚のびすけつとの瓶とり出だし、お鼻紙の上へ明けて押しひねり、雪灯を片手に椽へ出れば……………………。」

樋口一葉が、明治二十九年『文藝倶楽部』五月号に発表した、『われから』の一節。樋口一葉は、「びすけつと」と書いています。少なくとも樋口一葉は、明治二十九年に「びすけつと」が近くにあったに違いありません。
樋口一葉を描いた絵師に、鏑木清方がいます。たとえば、昭和十五年に、『一葉』を仕上げています。今は、「東京藝術大学」蔵。そこにはランプの下で針仕事をしている樋口一葉が描かれています。
でも、鏑木清方は実際には、一葉に会ったことはなかったのですが。

「泉君がよく肖てゐると云つてくれた插繪の一葉は、この邦子さんの俤に、今までの一葉知識を加へて成つたものなのである。」

鏑木清方は、『一葉』と題する随筆の中に、そのように書いています。
ビスケットが出てくる小説に、『法王庁の抜穴』があって。1914年に、アンドレ・ジイドが発表した物語。

「ビスケットの罐も蓋をし、丁寧に屑をはらって…………………。」

アンドレ・ジイドのもうひとつの代表作に、『背徳者』が。1902年の作。この中に。

「少年は地面にすわって、ビュルヌーの頭巾から、ナイフと、木の投槍の破片とを取り出し、それに細工をはじめた。」

ビュルヌー b urn o us は、フードの付いたマントのこと。もともとは、アラビア風俗のひとつだったとも。おしゃれで有名だった、ウージェニー皇后が、エジプトから持ち帰って、巴里で流行したと、考えられています。ゆったりとしたマント、ゆったりとしたフードですから、ビスケットくらい楽に入れておけるでしょう。

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