スイスとスモオキング

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スイスは、時計の国ですよね。いや、正しくは、高級時計の国というべきでしょうか。
まことに不思議なことに、高級時計はスイス製でないと成立しないものです。そのために。フランスであろうイタリアであろうと、高級時計を作るなら、スイスに国籍を移して、生産する。それは珍しくはないことです。
では、どうして高級時計はスイス製に限るのか。これは十七世紀の宗教革命のせいなのです。十七世紀には、ユグノーが攻撃された。それでユグノーの多くは、スイスに逃れた。ところが当時のユグノーには、裕福な金細工師が少なくなかった。この金細工師がスイスの各地で、時計づくりをはじめたので、後に「時計の国」となったのであります。
若い頃の一時期、スイスに住んだ詩人が、堀口大學。堀口大學はスイスのみならず、ヨオロッパの国々を転々としています。堀口大學のお父さん、堀口九萬一は外交官だったから。
堀口大學が日本に帰ってきたのは、大正十四年、三十三歳の時のことです。堀口大學には数多くの著作があり、翻訳書があります。たとえば、その中のひとつに、『ドルジェル伯の舞踏会』があります。フランスの天才、レイモン・ラディゲの名作。

「私は、堀口氏の創った日本語の芸術作品としての『ドルジェル伯の舞踏会』に、完全にイカれていたのであるから、それはまさに少年時代の私の聖書であつた。」

三島由紀夫は、そんなふうに書いています。
堀口大學の訳詩のひとつに、『懶惰の賦』があります。ジョセフ・ケッセルの詩。この中に。

「今夜、僕等は若い支那紳士に招かれた客だ。彼はスモオキングを着こんで、鼈甲ぶちの眼鏡をかけている。」

フランスでは、ディナー・ジャケットを、「スモオキング」と言う。これは英語の「スモオキング・ジャケット」から出た言葉。
英國でのスモオキング・ジャケットは、純然たる部屋着。まあ、ここには多少の誤解もあるのでしょうが。でも、言葉にはしばしばそんな誤解も生まれることもあるのでしょうね。

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