白魚は、ほとんど透明の小魚ですよね。小鉢に、三杯酢かなにかで頂く白魚は、極楽でありましょう。
🎶 月もおぼろに 白魚の篝もかすむ 春の宵
あまりにも有名な『三人吉三』の名科白であります。どうしてここに「篝」が出てくるのか。江戸時代の白魚は、夜釣りなんですね。で、舟の上で篝を焚いた。それで。
月もおぼろに………
と、なったわけです。これは当時の実際の風物詩でもあったわけであります。
では、どうして墨田川で、白魚を採ったのか。徳川家康に献上するために。
白魚は、徳川家康の大好物。徳川家康は昔、名古屋で食べた白魚の味が忘れられなくて。それで、白魚の稚魚を墨田川に放流。名古屋から稚魚を竹筒に入れて運ばせて。
家康のために白魚を献上する役目のことを、「白魚役」。当時、とても優遇されたそうですね。
とにかく小網町に「白魚屋敷」が与えられていたそうですから。毎朝、二重の木箱に白魚を詰めて、それを江戸城に届けるのが、白魚役の仕事だったという。
「あなた、この白魚がどんなに美しい生き物だか、考えたことがおありになって?」
イギリスの詩人、リチャード・ルガリエンが、二十世紀のはじめに書いた小説『白魚変奏曲』にそのような科白が出てきます。
これは「スフィンクス」の言葉として。ここでの「スフィンクス」は、オスカー・ワイルドの友人だった、エイダ・レヴァーソンがモデルなんだそうです。
ある時、エイダ・・レヴァーソンの食卓に招かれた時の印象が、この短篇ももとになっているんだと、伝えられています。
白魚が出てくる小説に、『露團々』があります。明治二十二年に、幸田露伴が発表した物語。
「藻にすだく白魚や問はば消えぬべし」
これがそのまま章題になっています。
また、『露團々』には、こんな会話も出てきます。
「此の紗の窓掛ですか。まあ墨繪の枯木に烏ですか………」
これは「ちェ」の言葉として。
紗は、薄物のこと。半透明の絹地。今も昔も、夏羽織などにはよく使われる生地です。
どなたか紗の上着を仕立てて頂けませんでしょうか。