一閑張は、漆器のひとつですよね。和紙の上に漆を塗って仕上げるのが、特徴のものであります。ただし内部は木材。
木の台の上に和紙を。和紙の上に漆を。一閑張は、飛来一閑が考案したので、その名前があります。
飛来一閑は、1578年に生まれ、1657年に世を去った工藝家。当時、明の国に生まれ、日本に帰化したお方です。
飛来一閑をことに好んだのが、千 宗旦。茶の道具にも一閑張を愛用したと伝えられています。
「おれは一貫張の机の上にあつた置きらんぷをふつと吹き消した。」
夏目漱石の『坊っちゃん』にそのような一節が出てきます。
漱石は、「一貫張」と書いているのですが。これは「漱石語」のひとつでしょう。この文章の少し前にも。
「………いやにフロツク張つてゐるが………」
そんな表現も出てくるのですが。これもまた、「漱石語」。フロックの名詞を形容詞にしているんですね。
一閑張が出てくる詩に、『退屈の中の肉親的恐怖』があります。詩人の中原中也が、1926年頃に詠んだ詩。
茶色の上に乳色の一閑張は地平をすべり
彼方遠き空にて止まる
うーん。やはり中原中也ならではの詩ですね。
中原中也と親しい人物だったのが、小林秀雄。小林秀雄は、『中原中也の思ひ出』と題する随筆の中に、こんなふうに書いています。
「彼は山盛りの海苔巻を二皿平らげた。」
これは鎌倉の八幡宮の茶店でのこと。中原中也は、海苔巻がお好きだったのでしょうか。
中原中也の詩には、『都会の夏の夜』もあります。この中に。
ー イカムネ・カラアがまがつてゐる ー
これは街で見かけた勤人の様子として。
「イカムネ」はもともと明治期の職人用語。スルメのように堅く堅く仕上げるので、俗に「イカムネ」と言ったのです。
英語でいうところの「プラストロン」のことであります。
どなたか本式のイカムネのシャツを仕立てて頂けませんでしょうか。