ポテトとボマー・ジャケット

ポテトは、じゃがいものことですよね。昔は馬鈴薯とも言ったようですが。
potato と書いて「ポテト」。英語式の発音なら、「ポテイトー」に近いでしょうか。
スペイン語の「パタータ」から英語の「ポテイトー」が生まれたとの説があります。スペイン人によって十六世紀にヨオロッパに伝えられたので。英語としての「ポテイトー」は1565年頃から用いられているんだとか。
「ポテイトー」は俗語で、「靴下に開いた穴」の意味もあるんだそうですね。
1597年頃に初演されたと考えられているシェイクスピアの『ウィンザーの陽気な女房たち』にも、ポテトが出てきます。

「ああ、ジャガイモの雨が降るがいい、淫らな恋歌に合わせて雷が鳴るといい……」

フォルスタッフの科白に、そのような一句があります。シェイクスピアの原文ではもちろん「ポテト」になっているのですが。
その時代の英国では、ポテトは精力剤だと考えられていたようですね。
一方、スコットランドには、「ポテト・ボーグル」の言い方が。これは、「案山子」のこと。「ボーグル」は、幽霊。ポテトの幽霊と表現するのでしょうか。

ポテトがお好きだったお方に、正岡子規がいます。

「晩飯 粥三碗 泥鰌鍋 キヤベツ ポテトー 奈良漬 梨一ツ 葡萄一房 」

明治三十四年九月十九日の『日記』に、そのように書いてあります。正岡子規は、「ポテトー」と書いてあるのですが。
その前の九月十八日にはやり粥と鰹の煮たのを食べています。この日の『日記』には、高濱虚子が来たことにも触れています。それはひとつには、移転の報告があったらしい。九段坂上に越した、と。それは新しい家で、家賃は十六円だった、とも。

「もし馬鈴薯が金剛石より大切になつたら、人間はもう駄目であると、代助は平生からかう考えてゐた。」

夏目漱石が明治四十二年に発表した小説『それから』に、そのような一節が出てきます。
漱石は、「馬鈴薯」と書いて「ポテトー」のルビを。また、「金剛石」には、「ダイヤモンド」のルビを添えています。漱石もまた、「ポテトー」の文字を遣っているのですが。
夏目漱石としては、ダイヤモンドは美学、ポテトーは生活の象徴だと考えていたのではないでしょうか。

「楽屋に三益・柏・香山等が遊びに来たので、ポテトパイを買はせて食い、いろいろ話す。」

『古川ロッパ昭和日記』の、昭和九年四月二十ニ日、日曜日のところに、そのように出ています。ここに「三益」とあるのは、女優の三益愛子のこと。ポテトパイ。うーん、食べてみたい。

ポテトが出てくる小説に、『爆撃機』があります。1970年に、イギリスの作家、レン・デイトンが発表した物語。ただし物語の背景は、第二次大戦中に置かれているのですが。

「でも時間に遅れるとポテト・チーズになるかもしれませんよ」

これは爆撃機の中での、ディグビーの会話として。昼食の献立の話。予定では、ミートパイ。でも、遅くなるとポテト・チーズになるかも。そんな会話なのですが。
『爆撃機』を読んでおりますと、こんな描写も出てきます。

「ベールの身につけている黒い革のジッパー式のジャケットやズボン吊り、それに膝までもある長靴に目をやった。」

私はここから勝手にボマー・ジャケットbomer jacket
を想像してしまいました。それというのも、『爆撃機』の原題は、『ボマー』になっていることもあって。
ボマー・ジャケットは、革のジャンパー。第二次大戦中の飛行服。たいていは、羊の毛皮が裏に張ってあったものです。
どなたか現代版のボマー・ジャケットを作って頂けませんでしょうか。