美人についての話は、愉しいものですよね。第一、罪がなくていいじゃありませんか。麗子さのおきれいさと言ったら、それはもう…………。なんていうのは、際限なく続けられるものであります。
十八世紀の、フランスで、美人。それはもうなんといっても、マダム・レカミエでありましょう。マダム・レカミエの美貌は今なお肖像画に生きております。ジャック=ルイ・ダヴィッドの描いた絵に。ダヴィッドが当時、第一流の画家であったのはいうまでもありません。
その時代、マダム・レカミエに陶酔しなかった男は、いないのではないか。あんまりお美しいので、酔ってしまう。ナポレオン・ボナパルトもそのひとりでありました。皇帝はなんとかレカミエに気にいられようと、ダヴィッドに肖像画を依頼した結局だったのですね。
マダム・レカミエの従兄妹だったのが、サヴァラン。あの美食家のブリア・サヴァラン。ブリア・サヴァランはレカミエのことをこんな風に言っています。
「巴里第一の美人」
マダム・レカミエはサロンの主であり、また慈善家でもありました。ある時、その慈善について、神父様に相談に行ったことがあります。名著『美味礼讃』に出てくる話なんですが。
レカミエが神父のところに行ったのは、夕方の五時ころ。神父は食事の最中で、レカミエはお待ち申し上げることに。ということは、神父の食事を見物することでもあったのですが。
その食事のなかで、ことに美味しそうに思われたのが、オムレツ。鮪のオムレツ。ブリア・サヴァランはこれを「神父のオムレツ」として、紹介しています。
用意するものは、鯉の白子と、鮪、卵。まず白子を茹でまして。次に茹でた白子と鮪を合わせて、バターで炒める。これとは別に、卵とハーブとを加えて。で、先に作っておいた白子と鮪を中身にして、オムレツに仕上げて、完成。
この「神父のオムレツ」を作るのに巧みだったのが、アンナ。辻 静雄著『フランス料理の手帖』に出ています。もっとも辻 静雄は「司祭さんのオムレツ」と書いているのですが。
アンナ・アンナは、フランスの料理人。アンナは料理の天才と謳われた人。ただ、アンナの生い立ちは、涙なしに読むことはできません。
父を知らずに生まれ、母に捨てられ、料理に生き甲斐を見出した女性。辻 静雄は、ある料理人のこんな言葉を引いています。
「料理を作れば作るほど、自分がどんなにものを知らないかがわかるようになる。」
なるほど。俗に、衣食住と言います。着ることも食べることも、同じ。基本を知ることが、もっとも大切なんでしょうね。