ガルボとガーター

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ガルボといえば、グレタ・ガルボでしょうか。絶世の美女と謳われた、あのグレタ・ガルボですよね。
グレタ・ガルボは、スウェーデン、ストックホルムのお生まれなんだそうです。1905年9月16日のこと。
お父さんがつけてくれた名前は、グレタ・ルヴィーサ・グスタフソン。三人兄弟の末っ子だったとか。お父さんは、カール・アルフレッド・グスタフソン。カールは美男子だったという。ガルボはたぶんお父さんに似ていたんでしょうね。
学校を出たガルボは地元の「PUBデパート」に勤めることに。その一方、女優を目指して演劇学校にも。
その演劇学校で、偶然にフランス・エンヴァルに会う。フランス・エンヴァルは、当時有名だった、映画プロデューサー。で、女優になることを薦められる。その後、徹底的に女優学を学ばせられる。
1924年には『イエスタ・ベルリングの伝説』に、出演。この映画をたまたま観たのが、ルイス・B・メイヤー。で、グレタ・ガルボはハリウッドに行くんですね。ちょっとしたシンデレラ映画みたいですが、ほんとうの話。
1920年代から1930年代にかけては、無声映画がトーキーに変わろうとしていた時代。
1930年にグレタ・ガルボは、『アンナ・クリスティ』に出演。この時の、あまりにも有名な宣伝文句が、「ガルボが、しゃべる」だったんですね。
1930年に発表されたのが、『マルタの鷹』。もう古典と言って良い、ハードボイルド。もちろん、ダシール・ハメット。もちろん、サム・スペード。サンフランシスコの私立探偵。

「薄地の白いつなぎの肌着、灰色の靴下、黒のガーター、焦茶色の靴……」

サム・スペードが出かける準備をしている場面。靴下をガーターで吊っているんですね。
さて、お気に入りの靴下を履いて。二十一世紀のガルボを探しに行くとしましょうか。

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