サリンジャーとヴィキューナ

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サリンジャーについての説明は要らないでしょうね。
ジェローム・デイヴィッド・サリンジャー。もちろん『ライ麦畑でつかまえて』の著者です。
『キャッチャー・イン・ザ・ライ』が1951年に発売されてから今日まで。ざっと七千万部が売れたという。しかも毎年、少なくとも五十万部は売れる。ちょっと珍しい本と言って良いでしょう。
ジェローム・デイヴィッド・サリンジャーが若い時、軍隊にいたのはよく知られています。1947年、7月。航空司令部の広報係に。その後、戦場にも出て。あの有名な「D-デイ」にも参戦。1944年6月6日のこと。
1944年8月25日。パリ解放の日。アーネスト・ヘミングウェイに、サリンジャーははじめて会っています。
それからさらに、第12歩兵連隊は、ドイツ国内に。その兵士のひとりが、サリンジャーだったのです。ドイツ、ヒュルトゲンにはヘミングウェイも従軍記者として来ていた。夜になると、サリンジャーはヘミングウェイのキャンプを訪ねたという。アルミのカップで、シャンパンを酌み交わしての、文学談義。
ヒュルトゲンの夜は、寒かった。でも、サリンジャーは凍傷に罹らなかった。お母さんのマリーが毎週、手編みの靴下を送ってくれていたから。
サリンジャーの『大工よ、屋根の梁を高く上げよ』が刊行されたのが、1963年1月28日。
1963年、フィレンツェに生まれたのが、アントネッラ・ボラレーヴィ。ボラレーヴィが2014年に発表したのが、『もしもを叶えるレストラン』。この中に。

「父はボルサリーノのフェルト帽とペッカリーの手袋、ブリーフケースを玄関のテーブルに置き、ロロ・ピアーナのクリーム色のビクーニャ革靴の紐を、映画の一場面のようなしぐさでほどいた。」

ヴィキューナの革靴なんて、あるんですね。なにかお気に入りの靴で。サリンジャーの初版本を探しに行くとしましょうか。

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