バレエとパンプス

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バレエ曲のひとつに、『白鳥の湖』がありますよね。
『白鳥の湖』の原型は、1871年に生まれているとの説があります。
チャイコフスキーは1871年に、ウクライナのカメンカという場所に行く。夏の休暇で。この地の子どもたちのために、作曲。でも、この時の「白鳥の湖」は失われています。が、1877年の『白鳥の湖』にはその時の「白鳥の湖」が織り込まれているそうです。
チャイコフスキーには、『アンダンテ・カンタービレ』があること、言うまでもないでしょう。1869年にも、チャイコフスキーは避暑に。その時、ペチカ作りの職人が民謡を歌っている。チャイコフスキーは聴くともなしにその民謡を聴いた。その音階が『アンダンテ・カンタービレ』に活かされているという。
1876年の12月に、トルストイがモスクワに。モスクワではトルストイを歓迎する会が開かれて、『アンダンテ・カンタービレ』が演奏。これを聴いたトルストイは涙を流したと伝えられています。後日、トルストイはチャイコフスキーに感動を伝える手紙を書いてもいます。
「あなたの才能には、頭の下がる想いでした。」と。それに対するチャイコフスキーの返書に。
「あなたのような偉大な方に喜んで頂けたことは、私の誇りです。」
とあったという。
チャイコフスキーの『ロメオとジュリエット』がモスクワで演奏されたのは、1870年のこと。1870年代はじめのNYを舞台にした物語が、『エイジ・オブ・イノセンス』。1920年に、イーディス・ウォートンが発表した小説。この中に。

「パンプスにするか、パテント革の「オクスフォード」靴にするべきか、という問題については、誰一人彼の権威に疑義をはさむ者はいない。」

「彼」とは、ロレンス・レファツなる洒落者。「パンプス」がエナメル革の舞踏靴であるのは、言うまでもありませんよね。

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