ソフトで想い出すものに、ソフト・クリームがありますよね。とても柔らかいアイス・クリームなので、「ソフト・クリーム」なんでしょう。
ソフト・クリームは瞬間芸という感じがあります。「後で、頂きましょう」なんてことは言ってられません。ホイと来たら、待ったなし。すぐに口に運ぶべきであります。「ソフト・クリームは、一秒」。そうも言えるでしょう。
そしてまた、ソフト・クリームばかりは人にすすめて無理強いということがありません。「オレは辛党だからアイス・クリームなんか食べない」と、おっしゃる殿方に、見目麗しきおみなが、「はい、どうぞ」と差し出したなら、食べる。
倉橋由美子の『夢の浮橋』にも、そんな場面が出てきます。桂子が、堀田という紳士と神戸、元町を歩いていて。ソフト・クリーム屋の前に行列が。桂子は、「食べたい」。堀田は、言う。
「こんな甘いものを食わされては気が狂いそうだ」。
でも、結局は桂子と並んで、元町を歩きながら、ソフト・クリームを食べるんですね。倉橋由美子にとっては元町といえばソフト・クリームという想いがあったのかも知れませんが。
「ソフト」にはもうひとつ、ソフト・ハットがあります。皆までソフト・ハットと言わなくても「ソフト」のひと言で通じるほどです。
「アメリカ風のフチの広いソフト、女の羽織裏地のようなネクタイ…………」。
獅子文六著『自由学校』にも、そのように出ています。また。こんな描写も。
「ワンピースを着て、足も、白いソックスをはいただけだった。」
これは、「駒子」という女性の着こなし。ソックスにはもちろん男性用もあって。
ソックス socks もあれば、ホーズ hose もあるというわけです。ソックスが古代ローマの喜劇からはじまっているのは、よく知られているところでしょう。
古代ローマの喜劇役者は、「ソックス」 soccus を履いた。これは軽い上履きのことだったのです。後に「ソックス」といえば「喜劇」を指すようになったほどです。
古い時代のスコットランドでは、布地をバイアスに裁って、縫った。その名残りが、アーガイル・ソックスなのです。アーガイル・ソックスはもともとタータンの生地からはじまったものでしょう。