あんは、餡子のあんであります。「粒あん」、「漉しあん」という時のあんであります。あのあん、美味しいものですね。
小豆をゆっくりと、煮る。気が遠くなるくらいの長い時間をかけて、煮る。あるかなきかのとろ火で、気長に。と、あんが誕生するんだそうです。
和菓子とあんは、密接に関係しています。あんを使わない和菓子を数えたほうが早いのでは。そんな風にさえ思えてくるほどです。
まんじゅう。まんじゅうもまた、あん。あんのないまんじゅうは、珍しい。最中も、なかにあんが入っています。ぜんざい。ぜんざいはもう、あんそのものでありましょう。少し変ったところでは、シベリア。シベリアにもあんは不可欠であります。
あるいはまた、鯛焼き。鯛焼きになりますと、しっぽにあんが入っているかいないか。これで論争がおきるくらいのものであります。和菓子において、あんはまこと大切のようですね。
あんこがお好きだったお方に、獅子文六がいます。獅子文六は若い頃、今川焼がお好きだった。獅子文六は、横浜生まれ、横浜育ち。むかし、横浜にそれはそれは、美味い今川焼屋があって。友達といくつ食べられるかの、競争。結局、獅子文六は十六個、食べた。友達は十二個までだったそうですが。もっとも明治の終り頃の話なのですね。
獅子文六が戦後間もなくに書いた小説に、『嵐といふらむ』があります。ただし物語の背景は戦前の話になっています。
『嵐といふらむ』のはじめに、黒い背広に縞ズボンを着る場面が。
「数馬は、黒の上着に縞ズボン ー その背広の胸に覗いている、青縞のワイシャツに、手をやった。」
「青縞」は、ブルーのストライプでしょうか。数馬は、息子。父は、伯爵というご身分 。その伯爵が息子に、注意。縞ズボンに「青縞」のシャツはいけない、と。たぶん、白の、ウイング・カラーを勧めたかったのでしょう。
もちろん今川焼を食べるくらいなら、「青縞」のシャツでも良いのでしょうが。