エレベーターに乗ると、たくさんボタンが並んでいますね。あのボタンを押すことで、思いの階にたどり着くことができるわけです。
「エレベーター」は、アメリカ英語なんだとか、イギリス英語では、「リフト」 lift 。フランスでは、「アッサンスール」 ascenseur 。「所変われば品変る」の一例なのでしょうか。
フランス語のアッサンスールは、ラテン語の「アッサンスーム」 ascensum と関係があるらしい。「アッサンスーム」は、「登る」の意味だったそうですね。
アッサンスールの、リフトの、エレベーターの原理そのものは古代にもあったようです。水道前はたいてい井戸で、井戸水を汲みあげるにはなんらかの「リフト」を必要としたのでしょうから。
今の電動式アッサンスールの前は、多く水力。水の力で「箱」を上げたり下げたりしたんだそうです。水力の前は、人力。「箱」に縄をつけて、人の力で引っ張り上げたという。フランスのルイ十四世も別邸にアッサンスールを用意していた。これもまた人力だったのでしょう。
フランスの古いアパルトマンには、まことに可愛らしいアッサンスールがあったりします。ふたり乗るのがやっとだったりするような。あの小さなアッサンスールは、むかしの階段に合わせて、後から付けたからなのです。
電動式アッサンスールは、1880年にドイツで考えられたという。ヴェルなー・フォン・シーメンスによって。このドイツの電動式がフランスに伝えられるのは、1889年のこと。高貴な屋敷専用だったそうです。
アッサンスールのボタンが出てくる小説に、『失われた時を求めて』があります。もちろん、プルーストの傑作。
「教授はそのボタン操作を自分にやらせてくれと言った。」
これは、「E 教授」のことなのですが。『失われた時を求めて』には、こんな描写も出てきます。
「そのボタンホールのせいで、ますます遅れる見込みなんです。」
これも「E 教授」の科白。ここでの「ボタンホール」は少し説明が必要かも知れません。この「ボタンホール」は、「略章」のこと。
「E 教授」はなんらかの勲章を持っているご身分。ほんとうに勲章を付けるのは、正式の時で。ふだんは、「略章」。略章は、上着の襟穴を、色糸で、縢る。この色糸の縢りがあると、勲章を持っていることが分かる仕組みになっているわけですね。