スコットランドとスタンド・カラー

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スコットランドは、ウイスキイの国ですよね。また、スコットランドはトゥイードの国でもあります。
ウイスキイとトゥイードの共通点は。どちらもそれを用いる人の心を温めてくれるところ。
スコットランドが出てくる小説に、『桜ん坊の思い出』があります。

「隣のフランスの天幕も、スコットランドの天幕も、お向うの中国天幕も皆ステーションへ行った留守なので、人一人見えず……………………。」

これは、池田宣政の筆になるものです。時代背景は、大正十三年の夏に置かれています。
池田宣政は、実は、南洋一郎のもうひとつの筆名なのです。南洋一郎の本名は、池田宣政。ただし、「いけだ よしまさ」と訓みます。池田宣政は、明治二十六年一月二十日に、今の東京、秋川市に生まれています。池田宣政を「いけだ のぶまさ」と訓むとペンネイムになります。
大正十三年は、池田宣政が三十一歳の時で。ボーイスカウト世界大会で、コペンハーゲンを訪れています。コペンハーゲン郊外の、エルメルンの森に。そこでの体験から、『桜ん坊の思い出』が生まれたのでしょう。
しかし、池田宣政よりははるかに、南洋一郎の筆名のほうが知られているに違いありません。ことに、『バルーバの冒険』で。南洋一郎はいうまでもなく、少年用の冒険小説で名を馳せた人物です。
『バルーバの冒険』は、昭和二十三年から書きはじめられた長篇。『バルーバの冒険』はたちまち人気となって、日本全国の愛読者が、「バルーバの会」を結成したほど。
『バルーバの冒険』の愛読者だったひとりが、横尾忠則。大長篇、『バルーバの冒険』が中断された時、南洋一郎の自宅を訪ねています。

「当時、南さんは確か八十代後半でしたが、ご健在でした。」

横尾忠則編『創造&老年』の中に、そのように書いています。
横尾忠則は南洋一郎を訪問したのみならず、未刊の原稿に、挿絵を。頭が下がります。
横尾忠則編『創造&老年』は、対談集でもあります。当時、九十八歳であった金子兜太もその中のお一人。九十五歳の瀬戸内寂聴も。
横尾忠則自身は、上手な老いの秘訣は、「少年の心」に還ることと、説いています。
『創造&老年』には、磯崎 新も。磯崎 新は、1931年のお生まれ。扉の写真には、スタンド・カラーのアウター・シャツをお召しになっているのです。
ちょっとこれだけを見ると、スタンド・カラーのシャツは、長寿の秘密兵器のようにも思えてくるのですが。
スタンド・カラーの、アウター・シャツ。それはネクタイ不要で。すべてのものから自由で。だから長生きできるのでしょうか。
もちろんスタンド・カラーのシャツで、ウイスキイとトゥイードなら、身も心も温まりますしね。

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