ダンスは、踊りのことですよね。今はなぜかダンスの少ない時代です。昔はもっとダンスが盛んだった。昔とは、1960年代以前のこと。戦前は、さらに。
今も、キャバレエやナイト・クラブはあるのでしょう。でも、今日のナイト・クラブなどにダンスを目的に行く者は、少ないでしょう。
以前、キャバレエは主に客がダンサアと踊ることが主眼だったのです。昔あって今ないものに、ダンス・ホオル。ダンス・ホオルにはきれいなドレスを着たお姉さんがいて、客と踊ってくれる。そこにはダンス切符があって、十枚綴り二十枚綴りの回数券。
一曲踊ってもらったなら、一枚を渡す仕組になっていたのです。中には、一曲踊ってもらって「一冊」渡す気前の良い客もあったそうですが。
「真紅なドレスをきた背の高いダンサアと、何かむずかしい踊りの恰好をしていた。」
阿部知二が、昭和十一年に発表した『冬の旅』の一節です。当時、ダンスがごく身近な存在だったことが、窺えるでしょう。
阿部知二がその翌年、昭和十二年に書いた小説に、『幸福』があります。『幸福』は凝った装幀で、手に持っているだけで幸福になりそうな本。表紙はただ白無地で。名刺くらいの手漉きの和紙の上に、「幸福」金の箔で押してあります。では、阿部知二の『幸福』は、どんなふうにはじまるのか。
「このやうな美しい日は、一年のうちに、いや一生のうちに幾日もありはしないだらう、と公莊 一は窓際の椅子に腰掛けながら思つた。」
これが、第一行。「公莊 一」は、「くじょう はじめ」と訓んで、物語の主人公。
このような美しい日は、一生のうちに幾日もありはしない。
そんなふうに考えられる人が、たぶんもっとも「幸福」に近く人なのでしょう。
ダンスが出てくる小説に、『白夜の恋』があります。デンマークの作家、ユハーネス・アレンが書いた、ある少女の物語。
「ダンスはしだいにはげしくなり、抑制が失われていく。」
たしかに、ダンスは心を酔わせるとか、歌の文句にもありますからね。また、『白夜の恋』には、こんな描写も。
「門を出たとたんに、あたしは彼に気づいた。ダッフル・コートを着て、帽子はかぶっていない。」
主人公の少女が、恋人を見つける場面。
デンマークも寒いでしょうから。ダッフル・コオトは必要でしょう。ダッフル・コオトの生地はもともと毛布に似て厚く、風を通さない。しかも動きやすいスタイルになっています。
二十世紀のはじめには、前身頃に、大胆な、美しい刺繍をあしらったダッフル・コオトもあったようですね。
でも、ダンスの前にはダッフル・コオトは脱いでおきましょう。