イニシャルは、頭文字のことですよね。たとえば、夏目漱石なら、S、Nと記す。もっとも本名は、夏目金之助。こちらなら、K、N となるわけですが。
ただし、そもそもの「イニシャル」in it i al は、「はじめの」という意味であったらしい。ここから「名前のはじめ」ということから、アルファベットでの頭文字をも指すようになったんだとか。
「やくざに肩から吊つた鞄にはたんねんなイニシヤルが書いてある。Aといふ字だつた。」
幸田 文が、昭和三十一年に発表した『おとうと』の一節。小説での「おとうと」の名前は、碧郎。その碧郎が学校の帰りに、ある生徒から呼び止められる場面。小説に描かれた「イニシャル」としては、わりあい早い例であるかも知れませんが。
それより前、昭和二十八年『美しい暮しの手帖』第二十号に。「手巾の美しい使い方」という記事が出ています。手巾と書いて、「ハンカチ」と訓むわけです。記事を担当したのは、中西 進。中西 進は、当時、「中西儀兵衛商店」の社長だったお方ではないでしょうか。中西儀兵衛商店は、日本を代表するハンカチーフの老舗。
「手巾の美しい使い方」には、当時のことながらいろんなハンカチが紹介されていて。そのなかの一枚に、「イニシヤル入り」があります。白麻の、男物のハンカチで、隅に頭文字が配してあるものです。この記事の中で、中西 進は、こんなふうににも書いています。
「上衣のポケットに入れるとき、紙ナフキンをたたむように、キチンと三角に折るのは野暮の骨頂です。」
もう、今から六十五年ほど前の話ではありますが、諸手をあげて賛成です。正論だと思います。
『美しい暮しの手帖』第二十号には、「男の夏服をどうするのか」の記事も出ています。杉野芳子、田中千代、福島慶子………………。その頃の錚々たる人びとが新しい意見を寄せています。
その中のひとり、桑澤洋子は、いうなればシャツ・スーツを提案しているのです。その生地のひとつに、「インディアン・ヘッド」が紹介されています。インディアン・ヘッドは、主にコットン地。張りのある、光沢のある布地。
ただし、和製英語。英語なら、「ケイスメント・クロース」でしょうか。昔、よくカーテン地に用いられた生地という意味が含まれています。けれども「インディアン・ヘッド」が、懐かしい名称であることには変わりありません。
インディアン・ヘッドでシャツを作り、どこかにイニシャルを入れましょうか。