ディケンズは、イギリスの文豪ですよね。また、イギリス国民に愛された作家でもあります。
たとえば、イギリスの俗語に、「ギャンプ」 g amp というのがあります。これは「蝙蝠傘」のこと。それも大きな蝙蝠傘を指します。1864年頃から使われているスラング。
ギャンプはもともと、サラ・ギャンプのこと。ディケンズの小説『マーティン・チャズルウィット』に登場する看護婦の名前。このギャンプがいつも大きな蝙蝠傘を持ち歩くので、「ギャンプ」の言葉が生まれたのです。
ディケンズよりも三歳上の作家に、ポオがいます。もちろん、アメリカの詩人、エドガー・アラン・ポオのこと。ポオは、ディケンズのことを、どんなふうに思っていたのか。
「概して言うなら、『骨董屋』がディケンズ氏の最高傑作であることに異議はない。この作品はいくら褒めても褒め過ぎることはない。」
1841年『グレアムズ・マガジン』5月号の、「ディケンズの『骨董屋、その他の物語』」と題する文章のなかにこのように書いています。
では、ディケンズは、ポオをどのように見ていたのか。
1842年、ディケンズはアメリカに旅して、ポオに会っているのです。
「彼はフィラデルフィアの文芸評論家で、文法的にも慣用的にも完璧に英語を使いこなす唯一の人で、つやつやしたストレート・ヘアで、折り返し襟のシャツを着…………………。」
ディケンズ著『アメリカ紀行』の中に、そのように書いています。1842年に、ポオは、ターンダウン・カラーのシャツを着ていたことが分かるでしょう。
ディケンズが出てくる小説に、『剃刀の刃』があります。1944年に、サマセット・モオムが発表した物語。
「この部屋はディケンズの小説に出てくる喫茶店を妙に想い起こさせた。」
また、『剃刀の刃』には、こんな描写も。
「上手に裁つたタキシードを着たエリオットは、彼獨特の瀟洒な様子をしていた。」
エリオット・テンプルトンは、富裕なアメリカ人。六十歳くらい。時代背景は、1930年代で、巴里に住んでいるという設定になっています。
英國人であるモオムとしては、まず最初に、ディナー・ジャケットのカッティングの良し悪しに目がゆくのでしょう。
これは一例で、イギリス人にとってはカッティングこそが大切なのです。裁断の佳い服で、ディケンズの本を探しに行きたいものです。