スエズとストッキングズ

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スエズは、スエズ運河のある町ですよね。エジプトにある町でもあります。
大正二年に、スエズ運河を通った作家に、島崎藤村がいます。神戸を出て、フランスに向う途中の船旅で。

「スエズも次第に近づいたといふ頃は、急に外套を取出して夏服の上に重ねるものすら有つた。」

島崎藤村著『海へ』の中に、そのように書いています。また、こんな描写も出てきます。

「スエズに着く頃から白服を脱ぎすてるものも多かつた。」

大正はじめの外国航路では、季節、気温によって、おおよその服装が決められていたらしい。盛夏にはもちろん、白麻服だったという。
スエズが出てくる旅案内に、『西洋旅案内』があります。慶應三年に、福澤諭吉が著した書物。慶應三年は西暦の、1868年のこと。今からざっと150年前のことなのですが。

「スエスより上陸し、百里ばかりの地續を蒸氣車に乗て、一日に越し、地中海に出る。この港をアレキサンデリヤといふ。」

福澤諭吉は、そのように説明しています。また、「スエス」と濁らずに書いてもいます。さらには。

「アデンより  スエス  六百里 」

とも。
慶應三年。同じ年に福澤諭吉が書いたのが、『西洋衣食住』であります。この中に。

「第五 足袋 ストキング 」

と書いています。私の知る限り、「ストッキング」の言葉の日本での、もっとも早い例かと思われるのですが。
ストッキングズ st ockjngs は人の脚に履く長靴下のことです。
「ストッキング」には古い言葉では、「貯金箱」の意味もあります。一足ではなくて、片方でも充分使えるので。昔は長靴下の一方に、金貨を入れたりしたものです。コインを入れたストッキングは、そっと煙突の内側に隠しておいて。誰にも知られない安全な貯金箱になったという。
英語としての「ストッキング」は、1583年頃から用いられているそうです。語源は、
「ストック」st ock 。「木の枝」。木の枝で、糸を編んだので、「ストッキング」。

「……………水色の絹襪に小さな半靴を穿いたのが、道子と同年の仲好、佐々倉子爵令嬢照子。」

明治三十八に、徳冨蘆花が発表した『黑潮』の、一節。徳冨蘆花は、「絹襪」と書いて、
「シルクストッキング」と、ルビを振っています。
「絹襪」と書いて、「きぬしとうず」と訓みます。「襪」は、足袋以前の、旧式の履物のこと。「絹襪」は、徳冨蘆花の造語かと思われるのですが。

「……………石塚さんこそ叔母さんから絹のストッキングを戴いたのがあるんですって………………」。

昭和十二年に、石坂洋次郎が発表した『若い人』に、そのような会話が出てきます。戦前の、「シルク・ストッキング」がいかに貴重品だったかが窺えるでしょう。
でも、ストッキングズはなにも絹ばかりでもなく、女ばかりでもありません。ウールやコットンのストッキングズもありますし、野球などにもストッキングズは使われますから。
どなたか昔に帰って絹のストッキングズを作って頂けませんでしょうか。

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