シルエットとジビュス

Share on FacebookTweet about this on TwitterShare on Google+Email this to someone

シルエットは、輪郭のことですよね。
「ああ、なんと美しいシルエットのコートなのか!」。そんな時にも、「シルエット」は役だってくれます。
sh ilh o u ett e と書いて、「シルエット」。もともとはフランス語なんだそうですね。フランス語としての「シルエット」は、1759年頃から用いられているという。
当時、フランスの大蔵大臣だった、エティエンヌ・ド・シルエットが。
「そんなものは影絵でよいではないか」。
そんなふうにおっしゃったので、「シルエット」が影絵の意味になったんだとか。
では、「そんなもの」とは何であったのか。肖像画。十八世紀はまだ写真のない時代で、ご自分の偉容を遺すには、肖像画が有効だったんですね。
貴族たちは優れた絵師を招いて、競って肖像画を描いてもらった。この肖像画には、時として、「特別料金」ということがあったらしい。
たとえば、冠のダイヤモンドをもう少し大きく描いて欲しいとか。ひとつのダイヤを三つに描いてほしいだとか。この場合には、画料とは別に「特別料金」を。
これはなにもフランスだけの習慣ではなかったようですね。でも、十八世紀のフランスの国庫は必ずしも豊かでもなくて、そんな折に貴族たちが肖像画に大枚を払っているのが、大蔵大臣としては許せなかったのでしょう。そこで。
「そんなものは影絵でよいではないか」の発言となったものでしょう。
「シルエット」も言葉の経緯はさておき。今、往時の貴族の姿、着こなしが研究できるのも、肖像画あってのことで、しかも「シルエット」の言葉が使えるのも、当時の貴族たちの見栄のおかげなのでしょう。

出語り新内の黑きシルウエツトは
ロダンのカレエ市民の群像をつくり

高村光太郎が、大正四年に発表した『道程』に、そのような一節が出てきます。
詩にあらわれた「シルエット」としては、比較的早いものかと思われるのですが。

シルエットが出てくる物語に、『ナポレオンの死』があります。1986年に、
シモン・レイスが発表したコント。『ナポレオンの死』は、実はナポレオン、セント・ヘレナ島で死んだのではなかった。そんな内容の読物になっています。創作なのか、史実なのか。
日本にも多くの「義経伝説」がありますが、『ナポレオンの死』も、少しそれに似ているのかも知れません。
『ナポレオンの死』は、もうひとつのナポレオンの幻を描いた読物。その意味では「ナポレオンのシルエット」とも言えるでしょうか。
『ナポレオンの死』を読んでいますと。

「………頭にグレーのオペラ・ハットを被り、樽の上に腰をおろして、片方の手には閉じて細く巻いた雨傘を……………。」

『ナポレオンの死』には、何度も、「オペラ・ハット」が出てきます。
それというのも、これが味方であることとの「目印」になっているので。「オペラ・ハットの男が助けてくれるのだ」と。

オペラ・ハットは、英語。フランスでは、「ジビュス」g ib us 。1820年頃、パリの帽子屋、アントワーヌ・ジビュスが考案した、折畳式のトップ・ハットだったので。
これは劇場などで、邪魔にならないための工夫だったのです。
トップ・ハットの内側に、螺旋状のバネを仕込んでおいて、畳むことで、ちょっと厚い皿みたいになった帽子のことであります。
どなたかジビュスを再現して頂けませんでしょうか。

Share on FacebookTweet about this on TwitterShare on Google+Email this to someone