ヘルマンとペケッシュ

Share on FacebookTweet about this on TwitterShare on Google+Email this to someone

ヘルマンは、人の名前にありますよね。
作家で、ヘルマンといえば、ヘルマン・ヘッセでしょうか。ヘルマン・ヘッセは長寿であったこともありまして、多くの作品を遺しています。
よく知られているのは、1906年の『車輪の下』でしょう。また、1946年には、「ノーベル文学賞」をも受けています。
ヘルマン・ヘッセは、ワインがお好きだったようですね。

老いた人びとにとってすばらしいものは
暖炉とブルゴーニュの赤ワインと
そして最後におだやかな死だ
しかし もっとあとで 今日ではなく!

ヘルマン・ヘッセは、『人は熟成するにつれて若くなる』の著書に、そのように書いています。
ヘルマン・ヘッセは1877年に生まれ、1962年に、八十五歳で世を去っていますから、十九世紀生まれのお方としては、長生きだったと言って良いでしょう。
若き日のヘルマン・ヘッセは、スイスのバーゼルで、書店員として働いていたそうですね。
最初は新刊書店。やがて古書店に。給料は古書店のほうがずっとよかったそうですが。
その頃のバーゼルにもワイン酒場があって、ヘルマン・ヘッセもよく顔を出したという。
たとえば、「狼の谷」亭だとか、「兜」亭だとからに。
1927年頃に、ヘルマン・ヘッセが書いた小説に、『荒野の狼』があります。この中に。

「アルザス産ワインを一杯とおいしいぱん一切れ、それがあらゆる食卓の中で最高の贅沢である。ところで私はもうレバーを一人前平らげてしまったが……………。」

そんな文章が出てきます。これはバーゼル時代のワイン酒場の様子を下敷きにしたものだろうと、考えられています。

題名に、ヘルマンと冠される小説に、『ヘルマンとドロテーア』があります。1797年に、ゲエテが発表した物語。これを読んでいると。

「………男はいつも出歩くときは外套をはおり、人前に出るときはペケッシェを着て、しょっちゅう深靴をはいているというのが、言うまでもなく当今のお好みだ。」

さて、「ペケッシェ」とは。
p ek esch e はドイツ語で、「ポーランド風の上着」のことなんだそうです。
この「ペケッシェ」の特徴は前ボタンにあって。モール飾りの紐で留める形式。当時は若者正装ともされたようですから、たぶんヘルマン・ヘッセも袖を通したことがあるのでしょう。
どなたかペケッシェを仕立てて頂けませんでしょうか。

Share on FacebookTweet about this on TwitterShare on Google+Email this to someone