シェリーとシルク・ジャージー

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シェリーは、美味しい飲物ですよね。
英語では、sh erry と書いて、「シェリー」なんだそうです。英語としては、1608年頃からの英語であるらしい。
 もともとはスペインの地名「ヘレス」X er es で、これを英語式にして、「シェリー」の言葉が生まれたという。シェリーはたしかにスペインの酒なのですが、イギリスの好む酒のひとつです。
遥か遠い異国の空港で。ひとり静かにシェリーを傾けている男がいたなら、英国人の可能性が、高い。
シェリーは、酒精強化ワイン。「フォーティーファイド・ワイン」のことです。もう少し具体例に申しますと、出来上がった白ワインに、ブランデーを加えて、発酵を止める。ですからシェリーの度数は白ワインより高い、熟成が進みません。
つまり、一度、栓を開けても、神経質になる必要がないのです。お好きなときに、お好きなように、飲むことができます。その意味では、便利な酒でもあるでしょう。
シェリーには食前酒の印象があります。でも、食前酒専用というわけでもありません。まさに、好きなときに好きなように。

シェリーが出てくる長篇小説に、『血と砂』があります。スペインの作家、ブラスコ・イバーニェスが、1908年に書いた物語。
場所はスペインのセヴィリアで、「フワン・ガリャルド」を主人公とするストーリー。この主人公、ガリャルドは闘牛士。結局のところ『血と砂』は、闘牛士を描いた小説ということになるのですが。

「………… ラ・カンパーニャか、新廣巷路の珈琲店で、マンサニーヤのお代りさせて、好い景氣にしてくれた。」

日本語訳者、永田寛定は、「マンサニーヤ」と書いています。今では、「マンサニーリャ」と呼ぶことが多いようです。このマンサニーリャももちろん、シェリーの一種です。
これはフワン・ガリャルドのお父さんの話として。ここに出てくる「ラ・カンパーナ」は、セヴィリアの闘牛士も常連のカフェ。
お父さんが闘牛士と親しかったので、少年が闘牛士を目指したという説明をしている場面なのです。

著者のブラスコ・イバーニェスは、1867年1月29日。スペインのバレンシアに生まれています。1923年に、著者のイバーニェスは、日本に来てもいます。それ関東大震災の後だったのですが。イバーニェスは日本をお気に召しています。1928年1月28日に、永眠。日本再訪の夢は実現しなかったのですが。

1922年に『血と砂』は映画化されています。というよりも『血と砂』は何度も映画化。
『血と砂』1922年版の主役が、ルドルフ・ヴァレンティーノ。当時、「絶世の美男俳優」と謳われた人物であります。
ルドルフ・ヴァレンティーノが、名闘牛士に扮するのですから、人気にならないはずがありません。
ルドルフ・ヴァレンティーノは、1895年5月6日、南イタリアに生まれています。でも、1926年8月23日。三十一歳の若さで、世を去っているのですが。
もう一度、原作の『血と砂』に戻ってみましょう。こんな文章が出てくるのですね。

「………體にはもう絹メリヤスの薄襯衣と短いズボン下より着いてゐなかつた。」

これは、フワン・ガリャルドが、闘牛のための支度をしている場面として。
1900年代の闘牛士は、あの煌びやかな衣裳、の下に、シルク・ジャージーの肌着を身に着けていたことが窺えるでしょう。
どなたかシルク・ジャージーのTシャツを作って頂けませんでしょうか。

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