ブリは、チーズの種類にもありますよね。白カビタイプのチーズ。とても食べやすいチーズ。丸くて、大きいチーズ。
Brie と書いて、「ブリ」と訓みます。北フランスの、イル・ド・フランス地方で造られるチーズです。
イル・ド・フランスはチーズばかりではなく、フランスの食の宝庫でもあります。メレヴィルのクレソンは、有名。子羊も、有名。ウーダンの鶏も名高いものです。
ブリは村の名前。チーズの原料は、牛。牛の乳。ブリでのチーズは、11世紀にはすでに造られていただろうと、考えられています。「ブリ・ド・モー」は、お耳にしたことがおありでしょう。
「ブリ・ド・ムラン」もあり、「ブリ・ド・クロミエ」もあります。これは、大、中、小の順番になっています。
ブリ・ド・モーは、空飛ぶ円盤ほどの大きさ。ブリ・ド・クロミエは充分、片手で持てます。
ブリのチーズは、十二世紀のフランス宮廷でも人気があったらしい。ブリの近くには、セエヌ河なども流れていて、巴里への輸送も簡単だったからでしょう。
ナポレオン以後の「ウィーン会議」の席上、世界一のチーズを選ぼう。そんな余興も行われたという。その結果、第一位に選ばれたのが、ブリだったのですね。以来、「チーズの王様」の呼び名が生まれたという。
それよりも前、ルイ十六の大好きだったチーズが、ブリ。文字通りの「王様のチーズ」だったわけですが。
ブリのチーズが出てくる小説に、『ガルガンチュワ物語』があります。1534年頃に、フランスの文人、フランソワ・ラブレーの発表した長篇。日本語訳者は、渡辺一夫。
「彼は、この牝馬にブリーの乾酪や生鰊を一杯担がせて父君のもとに送り届けたいと考えたからである。」
ここに「彼」とあるのが、物語の主人公、ガルガンチュワであることは、言うまでもないでしょう。
ラブレーの『ガルガンチュワ物語』を読んでおりますと。
「牝牛が十六頭、牡牛が三頭、犢牛が三十二頭、乳離れ前の仔山羊が六十三頭、羊が九十五頭……」
これはある日の夕食の支度の、ごく一部として。この食材の描写はあまりに長いので、残念ながら割愛させて頂く外ありません。
とにかく、ガルガンチュワの食べること食べること。ここからガルガンチュワといえば、「桁外れの大食漢」の意味が生まれたほどなのですね。
この食事風景だけでなく『ガルガンチュワ物語』は、奇書。いや、奇書の中の奇書。これほど奇想天外な物語は珍しい。それも今から五百年ほど前の物語でもあるのですから。
この『ガルガンチュワ物語』は、長い間、翻訳不可能だと言われていたそうです。フランス中世の俗語がいっぱい出てくる小説なのですから。事実、渡辺一夫がその昔、「ラブレーを翻訳したい」と言ったら、多くの専門家に首を傾げられたらしい。
「胴着を作るためには、白繻子が八百十三オーヌも裁たれ」
『ガルガンチュワ物語』には、おしゃれの話も出てきます。ここでの「オーヌ」は、今の1、18メートルのこと。服装についても驚くばかりであります。
「ブラゲットのためには、前と同じ布を十六と四分の一オーヌも切られた。」
ここでの「ブラゲット」braguette は、中世の男子衣裳に不可欠だった「股袋」のこと。
今のズボンの前開き部分。これが中世には装飾的な袋になっていたのです。
中世の裁縫技術では、滑らか前開きが困難で。仕方なく、前袋で隠したのが、はじまり。
『ガルガンチュワ物語』もまたおしゃれの勉強になりますね。