あんパンは、美味しいものですね。それにあんパンは、飽きることがありません。
あんパンは、日本が世界に誇って良い食べ物です。あんは日本のもの。それを西洋のパンで包んだ、和洋折衷。いや、和魂洋才でしょう。
あんパンは、明治のはじめからあったそうです。今も、銀座の「木村屋」に行きますと、あんパンを買う人の列が並んでいます。あんパンは「木村屋」の発明だと伝えられているからでしょう。
あんパンが出てくる小説に、『たけくらべ』があります。もちろん、一葉。樋口一葉が、二十四の時に書いた、日本文学の名宝。明治二十八年のことです。
「何だ何だ喧嘩かと喰べかけの餡ぱんを懐中に捻ぢ込んで、相手は誰れだ、龍華寺か、長吉か…………………。」
「懐中」の脇には、「ふところ」のルビが振ってあります。それにしても、なんと美しいリズム感に満ちていることか。
明治二十八年ですから、当然、「餡ぱん」はあったのでしょう。あの一葉も食べたかと思うとさらに………………………。
あんパンの出てくる小説はまだ他にもあって、『淺草紅團』。申すまでもなく、川端康成。川端康成が、昭和五年に書いた、名作。当時、昭和のはじめの淺草が、活写されています。昭和はじめの淺草の風俗がどうであったかを識る上で、貴重な資料でもあります。
「餡パンの紙袋を三四十も、棧敷や土間のあちらこちらへ投げる。
「淺草の廣小路の藤屋のパンはおいしい。」といふせりふが、その前にある。」
当時の芝居小屋での様子。芝居の間に、ちょっとした「広告」があったわけですね。『淺草紅團』には、こんな描写も。
「ゴルフ服の派手な靴下みたいなビルヂングでせう。屋根に萬國旗がひらひらして………………。」
淺草に建てられた、ある建物を形容しての話。
「ゴルフ服の派手な靴下」は、たぶんアーガイル・ソックスのことでしょう。
さて、アーガイルの靴下で、あんパンを買いに行くとしましょうか。