グラスは、ガラス製のコップのことですよね。でも「ガラス」と言ってはほとんどなんにも感じません。しかし「グラス」と言われたなら、鋭く反応したり。
なにか、一杯飲みたいなあ、とか。同じようなものなんですが、「ガラス!」の言葉で、一杯飲りたくなる人はまずいないでしょう。言葉とは、面白いものですね。
グラスを下げて、となれば、そろそろおしまいですよ、の意味。「グラスをあげて」なら、乾杯。歌の文句にもよく出てきますよね。
🎵 グラスをあげて、乾杯を………………。
グラスのことを、「洋杯」と書いたお方が、森 茉莉。また「洋杯」の文字が似合うお方でもありましたね。もっと古い時代には、「洋盞」。鈴木三重吉の文章を読んでいますと、「洋盞」と。もちろん、「グラス」と訓むわけです。
グラスが出てくる小説に、『ベルファストの一日』があります。水上瀧太郎が、大正七年に発表した物語。水上瀧太郎は、明治四十五年に、アメリカ、ヨーロッパを留学していますから、たぶんその時代の話なんでしょう。
一種の紀行文にもなっています。アイルランド、ベルファストで、偶然、土地の老紳士と出会う話なんですが。
「二人は手持無沙汰の手を、同時にウイスキイの酒杯に掛けた。
「酒杯」の横に、「グラス」のルビが振ってあります。では、何を飲んでいるのか、ウイスキイ・ソーダ。なぜ、ウイスキイ・ソーダなのか。その昔、オスカー・ワイルドが、ウイスキイ・ソーダを好んだので。この土地の老紳士は、オスカー・ワイルドと知り合いだったとか。
土地の老紳士は、何を着ているのか。
「派手な白と鼠の格子柄の服に、淡紅色の襟飾を綺麗に結んだのが老人を舞臺の人のやうに見せた。」
水上瀧太郎は、そんなふうに書いています。グレイのチェックに、サーモン・ピンクのネクタイだったのでしょう。
グレイのスーツを着て。ベルファストへグラスを傾けに行きたいものですね。