楷書とカフス

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楷書は、正字のことですよね。正しく、崩さない文字の書き方。楷書は基本の文字ともいえるでしょう。大きく分けるなら、「楷書」、「行書」、「草書」でしょうか。
まず、楷書がちゃんと書けるようになってから、行書。行書に慣れたなら、やがては草書。少なくとも十年や二十年は修業が必要なのでしょうね。
時に、「真・行・草」とも言うようですが。もちろん書道の話をしているのですが。
楷書が出てくる小説に、『趣味の遺伝』があります。明治三十九年に、夏目漱石が発表した創作。ここでの「趣味」は、漱石語。漱石としては趣味とは「恋愛」のことなんだそうですね。

「慈雲童子と楷書で彫つてある。子供だから小さい訳だ。」

これは物語の主人公が友人の墓詣りにでかけた時の様子。寺は、駒込の「寂光院」という設定になっています。
当時、夏目漱石は「西片町」に住んでいたので、ごく近くの寺だったのでしょう。
当時の住所では、「本郷区駒込西片町ろノ七号」だったという。
漱石の『趣味の遺伝』を読んでおりますと、こんな文章も出てきます。

「すると女も俯向いた儘歩を移して石段の下で逃げる様に余の袖の傍を擦りぬける。ヘリオトロープらしい香りがぷんとする。」

これは途中で会った女について。ここでの「ヘリオトロープ」は、香水。植物性の、清々しい香り。漱石はこのヘリオトロープが大好きだったらしい。小説の中にも、何度も繰り返し出てきますから。

楷書。男の着こなしにも「楷書」はあるのでしょう。まず、はじめに楷書ありき。楷書が難なくこなせるようになってから、行書へ。行書が楽々と書けるようになってから、草書へ。楷書書けないのに、行書に進むのは、滑稽なだけです。

楷書が出てくる小説に、『城のある町にて』があります。大正十四年に、梶井基次郎が発表した創作。この物語の背景は、三重の松坂に置かれているんだそうですが。

「國定教科書の肉筆めいた楷書の活字。」

これは子供の教科書を眺めている場面として。
また、『城のある町にて』には、こんな一節も出てきます。

「カフスの古いので作つたら」

これは荷札を探している様子。荷札がないので、古カフスで代用したら、という提案として。
大正末期にも、古カフスの処分には困ったのでしょう。カフスの隅が擦り切れてくると、もうそれは使えないので。
カフ cuff は今でも同じことです。もしカフが擦れてきたなら、交換、修理をしてもらうことをお勧めいたします。
もちろん基本の基なのですが。

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