落語とラヴァリエール

落語は、噺のことですよね。
「噺家」というではありませんか。
落ちのある語りと書いて「落語」。
人を寄せる席と書いて「寄席」。ちゃんと意味が通っていますね。
落語がお好きだったのが、夏目漱石。
夏目漱石のお好みの噺家が、圓遊。

圓遊の 鼻ばかりなり 梅屋敷

夏目漱石はそんな一句を詠んでいます。
圓遊は自分の鼻の話をするのが、好きだったので。
古今亭志ん生が贔屓だったのが、小泉信三。
ことに志ん生の謡う『大津絵』が好きで。聴くと必ず同じところで、涙を流したという。
小泉信三を真似てみたいと思ったのが、山口 瞳。
志ん生を呼んでみたいものだ、と。
そこで相談したのが、江國 滋。
江國 滋は、親友の矢野誠一に話を持ちかけて。
山口 瞳としては、祝儀に十万円包むつもり。
「演りましょう」。志ん生は言って、場所はうなぎの「神田川」に。
すべて終ったので、山口 瞳は、志ん生のところにお礼の挨拶に。すると志ん生は山口 瞳にそっと言った。

「今の大津絵は出来がよくなかった。もう一度演らせてもらいたい。」

落語が出てくる随筆に『落語、小説、個性』があります。
森 鷗外が明治二十三年に発表した文章。

「況や似た物の小説ならぬは、落語の小説ならぬと別段かはりたること無かるべきをや。」

森 鷗外は落語と小説とは別物だと、言っているのですが。
森 鷗外もまた寄席に足を伸ばすこともあったのでしょう。
森 鷗外が明治二十三年に発表した短篇に、『うたかたの記』があるのは、ご存じの通り。この中に。

「幅広き襟飾斜に結びたるさま誰が目にも、ところの美術諸生と見ゆるなるべし。」

これは当時、ベルリンの美術学校が終って、学生がカフェに行く様子。
ここでの「幅広き襟飾」は、「ラヴァリエール」
lavalliere のことかと思われます。
その昔、ルイ十四世の愛妾、ラ・ヴァリエールが好んだ結び方なので、その名前があります。
日本語の「ボヘミアン・タイ」にも似ているものです。
どなたか現代版のラヴァリエールを作って頂けませんでしょうか。