下着とシルク

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下着は、アンダーウェアのことですよね。あるいはまた、「アンダー・クロウズ」とも。
「インティメイト・ウェア」なんて言い方もあるんだそうですが。
人類と下着の歴史。これは古いんでしょうね。
アダムとイヴの時代には、イチジクの葉が下着だったそうですから。とにかく世界最古の下着といって、間違いではないでしょう。多くの宗教画が描いているところであります。
ところでアダムはイチジクの葉をどうやって留めておいたのか。ある物知りの曰く。
「ヘアピンにきまっているではないか」と。なるほど。
でも、アダムの時代にヘアピンはあったのでしょうか。と、また別の賢者あらわれて。
「二本のヘアを使って結んでおいたのじゃ」。なんだか面倒そうでありますが。アダムはそうとう器用だったのでしょうか。
どうして下着からアダムの話になったのか。下着の話はどうも照れくさいからであります。まあ、逃げをうったのですね。表玄関を避けて、勝手口から入ろうとした結果でありましょう。
話がしにくいことと、それが不必要であることとは、また別の話であります。私自身のことを申しますと。下着なしでトラウザーズを穿くことは、できそうで出来ません。なにかエラソーな問題を語るにしても、トラウザーズの下には、下着が鎮座ましましているのであります。
語りにくいことを巧みに語るのが名人だとすれば、丸谷才一がいます。

「チャーチルの妻クレメンタインは、ハネムーンのとき、夫がピンクのシルクの下着をはいてゐるのに気がついてびつくりしたのださうである。」

丸谷才一著『どこ吹く風』に出ている文章なのですが。
『どこ吹く風』に限ってことではないのですが。名随筆のお手本のような文章であります。私をはじめ、丸谷才一の名随筆を読んだばかりに、随筆を書くことを諦めた者は、数限りなく、いることでありましょう。
丸谷才一の『どこ吹く風』には、鳥打帽の話も出てきます。

「………わたしは、鳥打帽だけはぜつたいかぶるまいと思つてゐました。」

そのむかし、国文学の大家、折口信夫がふだん鳥打帽を愛用。従って弟子たちも皆、鳥打帽を。でも、たったひとり「某」はかぶらなかった、と。丸谷才一はその人物の名前を伏せています。
でも、今なら言ってもいいでしょう。おそらく、池田彌三郎ではなかったでしょうか。
これなどもご本人ご存命中は言い出しにくい話でしょうね。

「………八丈の羽織に、黑つむぎの小袖、八丈かはり縞の下著……………………。」

古書『辰巳之園』の一節に、そのように出ています。
ここでの「八丈」は、八丈縞のことで、絹。長着も「下著」も絹だったことが分かります。
このように時代をふりかえってみると、下着の歴史、いったい進化しているのか、退化しているのか。疑問にも思えてくるのですが。
どなたかシルクの古典的な下着を作って頂けませんでしょうか。

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