マフ(muff)

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保温手暖

マフは手を温めるための装飾品である。手を温めるのが主目的ではあるが、手袋とは違う。
手袋よりもむしろ鞄に似ている。あるいは枕にも似ている。マフは円筒形で、中が空洞になっている。この空洞部分に左右から両手を入れて、温めるわけである。
時に、「マッフ」と表記されることもある。また、「手ぬくめ」とか、「手暖め」と呼ばれることもある。
昔、フランスで「モフル」 mouffle と呼ばれた時代があるという。これがドイツ語になって、「モフ」 mof 。モフが英語になって「マフ」muff が生まれたのだろうと考えられている。
ただし今のフランスではマフのことは、「マンション」 manchon という。

「携帯防寒具の一種。婦人用で、毛皮で円筒状につくった手暖めである。毛皮の裏に絹をつけ、その間に綿を入れて厚くしてあるので、極寒のときに、内側に両手を差し入れて寒さを防ぐに用いる。」 ( 原文は正字、旧仮名遣いだが、現代文に改めさせて頂いた 。)

三省堂編『婦人家庭百科辞典』 ( 昭和十二年 ) にはマフをそのように解説している。ただし「マッフ」となっているのだが。それはともかく、戦前の日本でもマフが知られていたことが、分かるものだ。
今日のマフの原型が登場するのは、十六世紀末のヴェニスにおいてであった、との説がある。当時ヴェニスで出版された『1590年の服飾誌』の中に、マフ様のものが紹介されているとのこと。
このヴェニスでのマフはやがてドイツに伝えられる。そしてドイツから、イギリスへ。

「彼女はいつもマフを使っていた。」

英国の劇作家、ベン・ジョンソン作 『シンシアズ・レヴェル」 ( 1598年 )にはそのような一節がある。これは英語でのマフとしては、比較的はやいものであろう。「彼女」とあるからには、主に女性の装身具だったものと思われる。が、その一方で、男性用のマフもあったのだ。

「今日、私ははじめてマフなるものを使ってみた。」

サミュエル・ピープスの『日記』 1662年11月30日のところに、そのように書いてある。新しい物好きのサミュエル・ピープスが、マフを使ったのはまず間違いないだろう。ただしここでの綴りは、muffe になっているのだが。

「先端にセーブルの飾りのある、大型の、紳士用マフを紛失……

これは1695年『ロンドン・ガゼット』に出ている告知である。おそらくさる紳士が愛用のマフを失くして、それを探しているのであろう。つまり十七世紀の男はマフを使うことがあったのだ。

「今、やや小型のマフが流行になっている。」

1711年『ザ・スペクテイター』には、そのような記事が出ている。もちろんこれも紳士用マフのことである。小型のマフは時に、「マフティー」 mufftee の名前でも呼ばれたらしい。
十八世紀のマフの素材は、ファー、ダウン、ヴェルヴェットなどが多かったようである。これは保温性を考えれば、当然である。マフの両端にはコードやリボンを飾り、首から吊るしておいた。手を放しても落ちないように。
十九世紀に入ると紳士用マフは下火になる。が、女性用マフは依然として用いられたのであるが。そして二十世紀になって、マフはゆっくりと忘れ去られるようになってゆくのである。

「脱ぎ棄てた吾嬬コオト、その上に置いてあるマツフまでが、さながら目に見へるやうになるのである。」

森鷗外著『青年」 ( 明治四十四年 ) の一文。ここでは「マツフ」になっている。

「大抵はもう、冬支度、マフを抱へて有(も ) つてるに ……」

ジュール・ラフォルグ作、上田 敏訳『日曜』の詩の一節である。原詩は1890年の『ディマンシュ』。日本語訳は、明治四十五年のこと。

「ぬくぬくと双手さし入れ別れゆく マフの毛いろの 黒き雪の日」

北原白秋作『桐の花』 (大正二年 ) の詩にも、マフが出てくる。しかし今、マフは男性はもとより女性でもあまり見かけない。
ところが、ピー・ジャケットにまず例外なく添えられるのが、「マフ・ポケット」なのだ。別名を、「ハンドウォーマー・ポケット」とも。あの位置のマフ・ポケットは、手を入れても、姿勢を崩すことのないポケットなのである。

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