コクトオとジーンズ

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コクトオといえば、もちろんジャン・コクトオのことですよね。
1930年代に、ジャン・コクトオはカンボン街に住んでいたんだそうです。カンボン街はココ・シャネルの店があることでも知られています。事実、シャネルとコクトオは仲良しでもあったのですが。

「私がコクトーを知ったのは一九三六年、彼がカンボン街のオテル・ドゥ・カスティーユにいたころのこと。」

ルネ・ドゥ・ベルヴァル著『パリ 1930年代』にはそのように出ています。
著者、ルネ・ドゥ・ベルヴァルはフランスに生まれた詩人。でも、1965年からは長く日本に住んだ人物です。
カンボン街のコクトオの自宅にはどんな人が集まっていたのか。俳優の、ジャン・マレー。美術家の、クリスチャン・ベラール。詩人の、ボリス・コクノ。ボクサーの、アル・ブラウン。歌手の、エディット・ピアフ………。
コクトオはピアフとも友人でありました。1963年10月10日、エディット・ピアフ死去。このピアフの死を聞いて、コクトオは大きな衝撃を。コクトオはその翌日、11日に世を去っています。
ただしピアフの死が公けになったのは1963年10月11日のこと。記録上はコクトオとピアフ、同じ日に消えてことになっているのですが。
『ピアフ』が演劇として上演されたのは、1980年1月15日。ロンドンの「ウィンダム劇場」で。ピアフに扮したのは、ジェーン・ラポテール。
1980年。辻 邦生は何をしていたのか。フランス文学者であり、小説家の辻 邦生はパリにいた。

「ジーンズの上下を着て、柔和で、誠実で、ユーモアに溢れている。」

8月22日の日記には、そのように書いています。これはフランス人の学者、「オランジュさん」の様子。
「ジーンズの上下」。いいですね。
さて、なにかジーンズ姿で。コクトオの本を探しに行きましょうか。

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