ライカとマント

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ライカは名機ですよね。もちろん、写真機のこと。
ライカのはじまりは、1911年の、エルンスト・ライツによって、ということになっています。ドイツ、ヘッセン州の、ウエッツラーで。
1849年に、カール・ケルナーがレンズの会社をはじめいます。ここの従業員だったのが、フリードリッヒ・ベルトレ。
ところが1855年に社長のカール・ケルナーが世を去る。後に社長の未亡人と、F・ベルトレとが結婚。それでレンズ会社の跡を継ぐ。
そしてF・ベルトレが雇いいれたのが、エルンスト・ライツだったのです。このエルンスト・ライツが画期的なカメラを考案したのは、ご存じの通り。
ライカをこよなく愛したひとりに、木村伊兵衛がいます。木村伊兵衛はライカを自分の眼にした男。ライカのシャッターを自分の心にした男。

「ライカは、その性能が優れていて、大型カメラに劣るところがないにも係らず………」

と、手放しで褒めています。木村伊兵衛著『僕とライカ』の中で。
木村伊兵衛がライカで撮った風景のひとつに、秋田があります。昭和二十七年。土門拳と一緒に秋田を訪れて、気にいった。その後、何度も秋田に出かけています。
昭和二十八年。秋田、大曲で木村伊兵衛が撮った一枚に、『市場にて』が。秋田美人が被写体。

「美人で、黒いマントとビロウドの黄色と、黒のえり巻きとり合わせが印象的で……」

と、書いています。この木村伊兵衛の『市場にて』を見ると、黒のマントで、裏地がイエローのヴェルヴェットであるらしい。
マントを羽織って、ライカを持って。最高の気分でしょうね。

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