メトフクという言葉があるんだそうですね。
いや、正確には「あった」というべきかも知れませんが。今、手許の国語辞書を開いてみると、「メトフク」は出ていませんでした。でも、高橋義孝著『言いたいことばかり』の中に。
「ある時、「何しろメトフク屋ですから」という。メトフク屋とは何のことかわからぬので、たずねたら、婦人服屋ということであった。」
高橋義孝が服を註文した。その時、仮縫いに来た職人の言葉なんですね。この職人の名前は出ていません。が、十一、二の頃から、有名店で修業して、それで独立して、今は四十。
その職人に、仮縫いのついでにズボンのアイロンがけを頼む。と、それがいかにたいへんことであるかを義孝先生が知る。ざっとそんな内容の随筆になっています。
メトフク。これをあえて漢字で書くと、「女唐服」。でも、発音は「メトフク」。幕末から明治はじめにかけての職人用語なんですね。
西洋服のことを俗に「唐服」と言った。洋品店を「唐物屋」と呼んだように。外国のものはすべて「唐」から、ということにしてしまったんです。「唐服」の女性版だから「女唐服」となったのでしょう。今は昔の言葉ですが。
高橋義孝著『言いたいことばかり』には、「読みたいことばかり」出ています。ぜんぶここに書き写すこともできませんが。
高橋義孝が娘さんと一緒にドイツ、バーゼルを旅した時の想い出を。
「黒のホンブルクの帽子をかぶっている。服は濃紺のシングルである。夏だというのに昔風に義理堅く靴にスパッツをつけている。」
バーゼルの公園でふと見かけた、ある老紳士の姿。義孝先生はドイツふうに「ホンブルク」と書いています。英語なら「ホンブルグ」でしょうか。
さて、ホンブルグを被って。美しいメトフクを探しに行きたいものですが。